第23話

 少年は顔面にへばり付いた血肉を拭った。

「よぉ、クソガキ。また会ったな」

 赤髪の言葉には応じず、視線を逸らした。

 ベンと赤髪はリオスシオから戻って早々、この辺りに詳しそうな修道女に再度助言を求めるつもりでいた。こういった場所で活動する聖職者は、思わぬ伝手を持っていることがある。もしかしたら、アルミロン兄弟と交渉出来るかもしれない、という赤髪の推測であった。

 結果は、子供達の血で汚れた聖職者なき教会だったが。

「修道女はどこだ?」

「知らん。俺が知りたぁぐれぇだわ」

 苛立った口調の少年はずっとペッパーボックスピストルをいじっていた。ベンは以前赤髪が壊したそれとは異なる個体なのには気付いていたが、自分達に向けられないのなら特に指摘する気はなかった。

 しかし、アテが外れてしまった。強盗なのかなんなのか、知ろうにも襲撃者は一人残らずあの世に行ってしまった。もっとも、この状況だ。少年を責める気にはなれなかったが。

「どうする?」

「周りの住民に聞いて回ろう」

「……正気かよ」

 果たして、まともな情報が見つかるのだろうか。しかし、では聞き込み以外に何か手段があるのか。そう問われても、赤髪には返答する術がなかった。

 うなだれる少年を放って、二人は礼拝堂を後にしようとした。

「待て」

 少年が呼び止めた。振り返ると、少年は散弾銃片手にベンと赤髪を睨んでいた。

「お前らのせいだぞ」

 わからなくもない。

 貧民街でかろうじて成立している教会に、銃で武装して強盗に来たとは考えづらい。なによりも、タイミングが良すぎる。ならばこの状況、修道女にキル・カーチスの捜索を手伝わせた結果である可能性が高いと見るべきだ。

 ベンにはある程度、発言の意図が理解出来た。赤髪も真剣な眼差しで様子を窺っている辺り、察しているのだろう。

「ならどうする。坊主」

 その銃がこちらを向くか。それとも罵詈雑言を吐くか。

「で、もっと根っこにはお前の盗みがあるぜ」

 沈黙が嫌いな赤髪は、恐らく少年の脳裏を駆け巡っているであろう言葉を投げ掛けた。

「黙れ!」

「だったら抜けよ、面倒臭ぇ。そっちでスパッと決めた方が手っ取り早いぜ。邪魔する奴はいねえぞ?」

 そちらの方が面倒だろうが。ベンはため息を吐いたが、赤髪は事態をさらに面倒にしようとしていた。

「どうした、外の奴ら殺ったのお前だろ? やり方忘れたのか、おい」

「おい」

 ベンの制止も聞かず、挑発は続く。

「あたしらは仇なんだろ?」

「違う! んなこと、言われんでもわかっとる!」

 少年は散弾銃を投げ捨てた。相手のせいにするのは簡単だ。そのまま銃を向ける事も出来た。

 しかし、彼の心はその逃げを拒否した。罪は、自分にもあるのだと。

 少年は背を向けた。顔は見せなかったが、彼の口から漏れる嗚咽は、間違いなく二人に耳に届いていた。

「あの……」

 ベンは反射的にホルスターを手にやりながら、開いたままの扉を振り返った。

「わっ、おっ、落ち着いて」

 腕章からして、この辺りの自警団らしい。今まで何をしていたのか問いたい気分だったが、それは抑えて用件を聞くことにした。

「なんだ」

「ここの修道女様が出て行かれたと聞いて、様子を……」

 出て行った? それは初耳だった。それに表現も気になった。この有様なら、連れて行かれたと表現するのが筋というものだ。

「詳しく聞かせろ」

 躊躇った様子だったが、ベンの気迫に押された自警団員はおずおずと話し出した。

「司祭様と一緒に、修道女様が町を出て北東の街道へ向かって行ったんですが」

 これまでの状況を加味して、司祭に変装していたあの男が無関係なはずがない。ベンは驚いていた。まさか、あの男がこんな仕事をするとは。

 思わぬところに、思わぬ情報が転がっていたものだ。ベンの表情は険しくなった。

「北東で最寄りの集落は?」

「なんとか、って村が馬で半日ぐらいのところにあったような……」

 全く当てにならない情報だが、村があるのは事実だろう。捕虜を連れているのなら、一日以内に行ける場所を選びたがるはずだ。

「決まりだな。どうする?」

「今すぐ追って、どうにかなるものでもないだろう」

 たとえ今すぐ追いかけたとしよう。だとしても恐らく、目的は果たされた後だ。あえて、そこまで口には出すことはしなかった。

「もう日が落ちる。日の出と同時に発とう」

 教会前で待たせた馬にまたがると、二人は宿へ向かった。

 背後から浴びせられる、少年の視線を受けながら。

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