第18話
少年はまったく懲りていなかった。
プーアポルトの町には、レグノでは珍しい銀行がある。
もっとも、銀行といってもフラネンスにある銀行の支店であり、主な客はレグノ人以外の商人や旅行者だった。
今回の標的はこの銀行から出て来る人間だ。レグノでは他国の紙幣なぞ便所紙程度の価値しかないが、出て来るならば外貨とレア銭貨を両替している可能性が高い。
そしてなにより、馬鹿な金持ちの旅行者にはレグノが内戦中という事さえ知らない者もいる。と少年は聞いていた。そんなカモがいないだろうか。港の労働者に紛れながら、少年は通りの様子を伺った。
「この朕に一銭も出さんとは何事か、共産主義者め!」
「うるせえきちがいジジイ! 次、顔を見せたら撃ち殺すぞ!」
「なんと無礼な! いずれ、我が帝国騎士団がこの町に鉄槌を下す! 覚えていろ!」
銀行の用心棒と時代錯誤な鎧を身に纏った男が口論していた。正気を失ったボケ老人に興味はない。何事か怒鳴り散らしながら去って行く鎧男から視線を外し、再び銀行の出入り口に視線をやる。
するとちょうど、正面出入り口から男が出てきた。単独で、仕立てのいい服。頭髪は青。ゲールズ人の金持ちだろうか。自分に向かって来る男を注視する。
いや、だめだ。鞄一つ持っていないという事は、懐に入る財布程度の所持金しかないわけだ。金持ちだとしてもリスクが大きいばかりで儲けは小遣い程度。孤児院のためにはまとまった金がいるのだ。
「ルーガー様! ルーガー様お待ち下さい!」
銀行から叫び声が。ふと視線をやると、銀行員が肩下げ鞄を抱えて青髪の男を呼び止めた。
「ルーガー様、鞄をお忘れです」
「おっと、なんという事だ。せっかくご融資頂いたのに、肝心の現金を忘れてしまうとは!」
融資。つまり、金を借りたという事か! 少年の視線が鋭くなった。
「申し上げにくいのですが、最初にご提案させて頂いたように輸送はこちらで手配した方が……」
「それでは従業員達に示しがつかん。彼らには自分達に行き渡る富を見せてやりたいのだ」
「ですが、まだ工場の手配も……」
「心配ご無用、今回は少しだけ気がはやっていただけだ」
ルーガーと呼ばれた男は肩下げ鞄を行員から受け取った。ずしりと重そうな鞄、期待も重みを増した。
「壁の内側でも治安は……劣悪です。どうかせめて、護衛の手配を」
「武装した強面がいては、住民を怯えさせるだけだ。私はこの国に、この町には商売に来たのだ。大丈夫、万が一危険に遭っても、これが守ってくれる」
そう言うと、ルーガーは腰のホルスターに差した拳銃をポンと叩いた。独特な形状をした、ピカピカな拳銃。武器ではなく、工芸品にしか見えなかった。
「では、失礼するよ」
ここまで言われては、行員も引き止めることが出来ない。別れの挨拶もほどほどに、ルーガーは町の中央部に向かって歩き始めた。
では、その富を分けてもらうとしよう。少年は行員が踵を返したのを見て行動を始めた。
ルーガーとやらは大金を提げているというのに、そんな事をおくびにも出していなかった。極めて平然と、なにかいい事があったようにしか見えない。
少年も先ほどの現場を目撃していなければ、彼が大金を持っているとは思いもしなかっただろう。
中央部といえば、そこそこ高給な宿がある辺り。そこに宿泊しているのなら、この町の流通を担う大通りを横切らなければならないはず。
この間は遅れを取ったが、今度こそはヘマをしない。少年は覚悟を決めると、ポケットに収めたナイフを握り締めた。
馬の臭いが漂う通りに差し掛かった。ここを横切るには一時間ごとにある三分間の通行停止を待たなければならない。
もちろん、それは通常の場合である。
絶え間なく続く馬車の列に足を止めた直後、少年は動いた。
足音を踏み鳴らす事なく、かといって忍ばせる事もなく。青髪の隣に立った。
「やあ、少年」
少年は返答せず、正面を睨む。ほんの少しだけでも判断を誤れば死ぬ。この金も教会に届く事はない。
呼吸を整え、隙間を探す。
今だ! 少年はルーガーに軽く体当たりすると、電光石火の早業で鞄のベルトを切断した。
「あっ」
そこからは文字通り、あっという間だった。ルーガーの肩から鞄を奪い取ると、迷いなく馬車の行列に飛び込んだ。
「危ないぞっ!」
そう声を上げるも、少年は止まらない。驚異的な反射神経と予知じみた推測力で左右から迫る馬車をかわし、見事反対側まで駆け抜けることに成功した。
「やったっ、やったっ」
もう油断はしない。立ち止まることなく住宅街に飛び込む。塀を越え、庭を通過し、開きっ放しの窓から民家を突っ切った。
さあ。これでどれほど教会を再建出来るだろうか。どれほど姉と慕っている修道女が喜んでくれるだろうか。
しばらく走ると、さすがに息が切れた。
誰も追いかけて来ていないだろうか? 慎重に背後を伺い、安全を確認する。
「も、もういいだろ……」
修道女に中身も知らないものを渡すわけにはいかない。路地裏に腰を下ろすと、戦利品の確認に移った。
チャックを開く。すると、そこには眩い光を放つ無数の金貨。まるで、御伽噺に出てくる宝の山だった。
「ぬほほっ、こいつはいい」
思わず笑みがこぼれた。しかし、さすがに全てが金貨というわけでもなく、少し表面をどけると銀貨や銅貨が姿を見せた。
「ふん、まあいい。今までで最高の稼ぎに変わりはあれせんわ」
少し銭貨の山を探ると、異物感を覚えた。何か固い、筒状のもの。それを掴んで引っ張り上げると布袋が。
それを開くと、二本の筒を持った散弾銃が現れた。ペッパーボックスピストルというやつである。これは水平二連装の散弾銃をさらに切り詰めた、ソウドオフショットガンとも呼ばれる代物だ。
最近まで似たようなものを護身用に隠し持っていたが、それよりも大型の動物に向けて使うための銃だ。噂に聞く魔物とやらには威力不足だろうが、人間には絶大な威力を発揮するはず。
真鍮製の予備弾も五セットほど同封されていた。
「ちょうど獲物をなくしたところだ。頂いていこう」
確認して正解だった。これを修道女に渡していたら大変な事になっていただろう。危ないところだった。
布袋を取り出して背負うと、少年は立ち上がった。この報酬で、しばらくは皆は安泰だ。今までで一番誇らしく、そして胸を張って歩き出した。
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