第19話
その日は、驚くほど良い天気だった。雲ひとつない快晴、洗濯物がよく乾く。
しかし、干物の次は薄暗い礼拝所で仕事があった。
「もう大丈夫ですよ。失った血は戻りませんが、これがもとで病になる事はないでしょう」
「ありがとう、ありがとうございます。修道女様」
全ての教会ではないが、治癒魔法・魔術を扱える修道者がいる教会では治癒のサービスを行なっていた。
基本は寄付という名の報酬を必要とするが、この教会に通えるものがそんな持ち合わせがあるはずもなく。彼女は仕方なく、「余裕のある場合」に限ってもらう事にした。
誰しも、余裕などあるはずもなかったが。
「修道女様、今日もお願いします」
治療室代わりに使っている司祭室に入って来たのは、常連の大柄な男だった。柄が悪い事で有名な男で、いつも喧嘩や強盗で怪我をしてここに来るのだ。
神は誰に対しても分け隔てなく恵みを与える。そんな教会の立ち位置の都合上、たとえ彼が捕まっていないだけの犯罪者であろうと、恵みのただ乗りをしている無宗教者であろうと、治癒しなければならなかった。
「はい」
顔に青痣、腕に巻いた包帯の下には切り傷。相当派手にやったようだ。体内の魔力は尽きかけていたが、やれる事はやらなければ。修道女は魔術の神マジに魔力を捧げ始めた。
「また喧嘩ですか?」
「まあね」
普段は横入りしてでも治療を受けにくる男が、こんなにも遅れてやって来るとは。揉め事を避けるために修道女は口にしなかったが、珍しく感心していた。
「ところで、修道女様。あの話、考えてくれたか?」
感心した方が馬鹿だったのかもしれない。この男は常々、修道女に対していやらしい要求を続けていた。
その都度突っぱねていたが、いい加減どうにかしなければならないと考えていた。
「何度も申し上げましたが、あなたとそういった関係になるつもりは毛頭ありません」
「やらせてくれたら寄付だってするぜ?」
「一度でも寄付してみせてから、そう仰ってください」
「ははは、こいつは手厳しい」
つい苛立ちが口調に現れてしまった。頭を冷やさなくては、修道女は軽く呼吸を整えた。
「ただ、本当にいいのか? ここの経営、厳しいんだろう?」
「お気遣いありがとうございます」
修道女が言い終える前に、男が一気に顔を寄せてきた。
「そう言ってられるか? 状況見てみろ。治療受けて金を払ったやつが、一人でもいるか? そこら中のクズ共は言ってるぜ。『怪我をしたなら教会へ行くといい。金はなくても大丈夫、タダだから』ってさ」
巷で教会が無料治療所呼ばわりされている事など、彼女の耳に入っていないはずがなかった。
「そんな事は承知の上です」
「孤児院のガキ共だって、毎日飢えてるだろ? あいつらにせめて、毎食たらふく食わせてやりたいだろう?」
それは、あまりにも卑劣な言葉だった。今まで孤児院に関して、彼は言及を避けていた。そこまでして、やる事をやりたいと言うのか。
「いい加減にしてください!」
思わず修道女は腕を突き出した。しかし、大男はびくともしなかった。それどころか、腕を取られてしまった。
「現実見ようぜ? 減るもんじゃないんだ」
ついに取り繕うのをやめたのか、修道女の手が男の股間に向かった。
ダン! と扉が開かれるのは、ほぼ同時の出来事だった。
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