第16話
夜の静寂と同化し、精神を統一すれば川から漂う腐臭なぞ、ないも同然。川のほとりにある民家にて、カーチスは瞑想していた。
かつての師は、自分の死を望んで立ち塞がる。それはかつてない危機だ。しかし同時に、願ってもない事態だった。思わず、口元に笑みが浮かぶ。武人としてこれほど昂る事態はない。小競り合い続きで平和ボケした三線級の私兵を相手にするのとはやはり違う。
「教官、失礼します」
静寂を破る者がいた。集中を解きほぐし、カーチスは彼女へ視線を向けた。
「どうした」
「教団からの使いが」
雇い主に現在地を逐一知らせるほど、彼は鴉の息子達を信用していない。しかしどうやら、伝えるまでもなくこちらの位置を把握している様子だった。やはり、情報力は侮れない。
「わかった、すぐ行く」
狂人の機嫌を損ねるのは得策ではない。準備を整えると、カーチスは階段を下った。
階下の廊下。薄暗い空間に闇を纏った男がいた。
「これはこれは。わざわざご足労頂けるとは」
教団の使いを出迎えると、相手はにこりともせずフードから瞳を覗かせた。
「首尾は」
「おやおや。その辺りは、そちらの方が詳しいのでは?」
カーチスはラルゴの町を逃げ出した後、一直線にこの町へ逃げ込んだ。ならば強力な情報網を持つ教団の方がラルゴの町に与えた被害を把握している事だろう。
「……シモネッタの首は獲れなかったが、
使者は鞄に手を突っ込むと、シャルコの金貨が詰まった袋をカーチスに手渡した。
「次の仕事がある」
やれやれ、休む間もなしか。金払いはいいが、その分人使いが荒い。
「プーアポルトの町に、邪な思想を広める者がいる」
鴉の息子達はあらゆる神を否定する組織である。彼の言う『邪な思想を広める者』とは、端的に言えば聖職者である。人々はそんな者達を教団と呼ぶのだから皮肉なものである。
「殺すのか?」
「生かして捕らえよ。神の奴隷に与える罰は、死だけでは足らん」
結局、どのみち殺すのだろう。まったく、教会にいるだけで命を狙われるとは、難儀な。カーチスは顔も知らぬ聖職者を哀れむと同時に、プーアポルトの記憶を掘り返した。
「あの町には教会が二つあったはずだ。どっちだ?」
「貧民街の方だ。祈れど、この世に救う神なぞいない事を知らしめろ」
つまり、かの有名な変わり者の修道女をさらえということか。ただでさえ不憫なのに、なんとも不幸な事だ。しかし、仕事をそんな理由で蹴ったりはしない。
「この辺りでは九〇万レア相当です」
金貨袋を数え終わった部下が言った。やはり、金払いはいい。プーアポルトで新しい武器を調達出来そうだ。カーチスは右手を差し出した。
「受けよう。今後ともよろしく」
使者は差し出された手を見向きもせず、受諾の声を聞くと返事もせずに踵を返した。
きちがい共め、最低限の礼儀も知らんか。
無礼な狂信者の背中を睨みながら、カーチスは出発の準備を進めた。
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