第13話

 リオスシオ。ソドレージから流れてきた者達が築いた町のようなものである。

 ここの住民の働き口はプーアポルトの川を利用した物流関係や港と、いくつかある。しかし、最も大きな利益を上げているのは郊外の農地である。

 この農地は書類上はなにもない荒地ということになっている。しかし現実には小さな実をつける赤い花畑が広がっている。これをピーケの花という。

 ピーケの花になる実は強い刺激臭を発し、口に含むと舌が痺れるような酸味を感じる汁が包まれている。動物や魔物も敬遠し、飢えたリクノオウジャですら忌避する。毒性こそないが、その不味さは毒みたいなものだ。

 そんな花に価値を見出す能力こそ、人類という種がこの世界の頂天に立てた理由だろう。

 汁を鍋に投入し、熱を加える。分離した上澄みをすくい、モンガナ液と混ぜる。こうして、エリメリス剤がこの世に生を受けるのだ。

 エリメリス剤は二〇〇年前、レグノ解放戦争中に錬金術師エリーザ・フラメルが生み出した一種の麻酔薬である。戦争以前より数多くの錬金術師の手によって麻酔薬が生み出されてきたが、エリメリス剤の強みは錬金術によって精製されたものではないという点である。製法と材料さえあれば、才を持たぬ凡人にも精製可能なのだ。

 この薬品によって多くの人々が救われた。しかし、同時に多くの禍根も残した。

 エリメリス剤は投与法によって大きくその性質を変える。経口摂取すれば、不安や恐怖を取り除く心の薬となる。一方、注射器などを用いて負傷箇所に投与すれば痛みを和らげ、かつ傷の治りを早くする効果がある。心の病を持つ者や、魔術の効きにくい体質の者の救いとなったのだ。

 少量であればその分効果は薄いが、問題はなかった。問題は多過ぎた時だった。

 人は、負の感情や痛みを忌避するものだ。これらを取り除くエリメリス剤を知れば、本能が求めてしまうのだろう。雑な治療を受けた傷病者達は傷が癒えた後も強く、そして異常にエリメリス剤を求めた。破産で済めばいい方、人死にが出る事さえあった。

 広く普及した分、その脅威も広く早く伝わった。多くの国は異常者を生み出す薬を禁止した。

 それでもなお、そこにこそ、価値を見出すのが人である。リオスシオで最も利益を出しながらも隠されているのは、そういうわけなのだ。



◇ ◇ ◇



 この辺りの花畑を牛耳っているのはアルミロン兄弟である。

 兄は武力を担当し、リオスシオや自分達の脅威となる存在を排除した。

 弟はエリメリス剤の輸送や営業、そして精製。全てを担当していた。

 リオスシオの川から最も離れた丘の上、井戸のある邸宅が弟のねぐらだった。

「おい」

 就寝中、ドアを叩きながら呼ぶ声が聞こえた。視線を向けると、そこには兄がいた。彼はエリメリス剤の中毒だったが、血色がいい。摂取して少し経っているようだった。

「なんだよ」

「うちの部下が報告を寄越してきた」

 まったく、面倒事は全てお前の仕事だろうに。弟は商売女をどかして起き上がると、兄と共に向かいの部屋に向かった。ここは普段から商談や会議に利用している部屋だ。秘密が保たれるうえに、明るくしても文句は出ない。

 兄が手近な椅子に腰を下ろすと、弟は奥にある自分の席に腰掛けた。

「プーアポルトの物好き修道女がキル・カーチスを探してるらしい」

「なんだって?」

 物好き修道女は有名だ。あの糞吐き港町の外で助力はほぼないにも関わらず、一人で教会を運営している。弟は尊敬に値する人物だと考えていたが、この世の中では少数派の意見である。

 それにしても、なんだってそんな女性がキル・カーチスなどという教団の汚れ役を探すというのか。

「まあ、奴のやってる事を考えたら……一発殴ろうと思っても無理ないんじゃないか?」

「だろうな。しかし、つるんだ相手がよくなかった」

「というと?」

「“赤髪”だ」

 有名な女性その二。今度は賞金稼ぎだ。鴉の息子達だけでなく、あらゆる軍閥の賞金首を捕まえて、時には殺して回っている。彼女の首に賞金が掛かっていないのは、鴉の息子達ばかり狙っているからだろう。もしどこかの勢力に肩入れする様子があれば、あっという間に縛り首か銃殺か。恨みのある教団なら、生きたまま臓器を引きずり出すかもしれない。

 しかし、関連がよくわからなかった。

「修道女と会った直後、奴がこの町に現れた。仲間を一人連れてる」

「なるほど」

 キル・カーチスが雇われている鴉の息子達は、一番と言っていいほどの取引相手だ。うっかり口にできないが、ガリバルディ家よりも大口の客である。部下が毎日のように河口部でエリメリスを受け渡している。数時間後、また取引が行われるはずだ。

 数日前にこの縁で仕方なく、一晩だけ彼とその部下をこの町に滞在させていた。どういう手段で知ったのかはわからないが、修道女がチクったのだろう。

「お前の懸念は、赤髪が俺達をついでで狙うんじゃないかってところか?」

 兄弟に賞金は掛かっていない。しかし、ガリバルディ家は購入したエリメリスを自分達の兵だけでなく敵の市民にも利用している。いつ敵対軍閥に掛けられていてもおかしくなかった。あとで調べさせよう。弟は脳内のノートに刻んだ。

「そういうわけじゃない。ただ……」

 兄は言葉に詰まった。認めたくないが、図星だったのだろう。弟の視線を誤魔化すためか、兄はまくし立てるように続けた。

「チクり魔をどうにかする必要がある」

「うーん。確かにな」

 尊敬出来る人物なのは確かだ。しかしそれは自分達の関わりのないところで、かつ無関係な事をしていた場合に限る。邪魔になるのなら別、そういうものである。

「その辺のチクり魔を刺すのとは違う。辺りの住民から尊敬を得てるうえに、仮にも教会関係者だ。これをウチでどうこうするのは、ちょっとなぁ」

 国際的な組織に中指を立てるのは、地方のいち小勢力にとってはなかなか勇気のいる行為だった。

「おたくの部下を疑うわけじゃないが、万が一があったら目をつけられるのは俺らだ」

「対策は必要だろ。修道女一人にナメられるほうが、よっぽど問題だ」

 まあ、一理ある。普段からまともな提案を出さない兄ではあったが、珍しくまともなことをいう。この稼業では、何よりもメンツが大切だ。たとえ相手がなんであれ、組織でつまはじきにされた者に好き勝手されては、同業者から舐められる。この稼業での侮りは、死に直結する。

 もしこの件で教会側からなにか言われても、知らぬ存ぜぬを貫けばいい。それでもなお文句があるなら、薬の供給を止めてやろう。この辺りの教会は血相を変えて味方してくれるはずだ。

 弟は部屋を出ると、常に控えている護衛を呼び寄せた。

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