第12話

 外の教会。その特徴を告げるだけで、場所は簡単にわかった。門から出て貧民街を歩くこと五分ほど。掘建て小屋とテントの中に、一際大きな建物が目に入った。

 食事の煙が立ち昇る教会の前では、件の修道女が日課である炊き出しを行っていた。しかし、今回は並ぶ人々にひとつだけ手間が加わっていた。

「あの、この方をご存知ではありませんか?」

「……見ない顔ですね。お知り合いで?」

「いえ。ただ、見つけなくてはならないのです」

 ベンから手渡された写真。これは贖罪だ。自身が至らないがゆえに起こさせてしまった犯罪への償いなのだ。修道女はその一心で、名も知らぬ男を周りの人間に聞いて回っていた。

「うーん。仲間達にも、こんな奴を知らないか聞いてみます」

「よろしくお願いします」

 修道女は頭を下げると、味の薄いマカロニ入りスープを差し出した。

 ベンと赤髪は配給を受け取った男と入れ替わるように彼女の前に立った。

「どうも」

 ぼそりとベンが告げると、修道女は顔を青くした。

「もっ、もう少しだけ待ってください! お願いします、必ず見つけます!」

 そういえば、期限を設定していたな。ベンは朧げながら思いだすと、手を差し出した。

「それよりも、写真を返してくれ」

 お前はもう用済みだ。そう言いたいのだろうか。彼の瞳に感情の色は浮かんでいない。恐る恐る写真を彼の手にやった。

 古びた紙を受け取ると、ベンは手早く鞄に収めた。

「収穫は?」

「じ、時間がなくて……」

 それ以外の返答はしようがなかった。大抵は写真を見せても「知らない」の一言しか聞き出せなかった。知っていそうな者もいたが、顔をしかめたたのちに「やめておけ」と修道女に囁き、以降は返答を拒絶された。

 この男とは関わるべきではない。これが聞き込みで得られた数少ない収穫だった。彼女は賞金で稼ごうなどと考える山師ではない。知るはずがなかった。

「だろうな」

 なんと悪辣な。達成不可能とわかっていてやらせたというのか。では、いったい何のためにさせたのか。まさか、こちらが苦しむ様を見たくて、このような真似を? 小さく、とても小さく唇を噛んだ。

 小さな火が燻るのをよそに、ベンは『まあ、こんなものだろう』と諦めた。それよりも、教会と聞いて彼には気になることがあった。

「シスタ。この教会にはシエラの偶像はあるか?」

「シエラ様、ですか?」

 想定外の一言に返答が遅れた。

「いらっしゃいません。以前、リールランドの方からご相談があったのですが、代わりにほかの偶像を撤去するように求められたので。それはさすがに……」

「アレらしい事だ」

 ベンが告げたシエラとは、リールランドに存在する現人神である。肉体を持ち、現世にいながらも神の身となり、今現在リールランドを実質的に支配する女王である。

「ならいいんだ。気にしないでくれ」

 ベンは帽子を脱いで周りを見渡した。

 テントの数は少なく、一応の建物で人々が暮らしている。孤児院の子供らしき児童の姿もあり、町中では居場所がないであろうリクノオウジャの集団が通りを歩いていた。ペッパーボックスピストルで武装した自警団らしき青年も教会の門前で煙草を吸っている。

 ここはマシな地域なのだろう。本当にひどい地域なら、こうはいかない。ゆえに、武装したろくでなしが隠れるには不向きな場所だとベンは思った。

「この辺りでガラの悪い地域は?」

「そんな……」

 そんな場所はない。告げようとして、修道女は口をつぐんだ。あの銀髪の少年に助けられていなければ、今ここにはいない。そんな思い出のある場所が近くにあるのだ。

 今回の件、非は自分にある。もしこの悪人達と手を切れるのなら、答えよう。修道女は腹に押し込んだ言葉を取り出した。

「そんな場所はありません。ですが、この辺りの人が近づかない場所があります」

「どこだ?」

「プーアポルトの東、川の下流です」

 プーアポルトは外壁の外側に沿って川がひかれている。堀の代わりだ。同時に北部住民の生活排水を流す下水にもなっており、町の東端はひどい悪臭だと伝聞を聞いていた。

「あそこに? あそこは地元のギャングの根城だ。よそ者は歓迎されねえはずだけどな」

 珍しく黙っていた赤髪がスープを運ぶ手を止めて発言した。どうやら炊き出しのスープを頂いていたらしい。

 しかし、可能性があるなら探る価値はある。ベンは帽子を被り直した。

「ありがとう」

 手短に礼を言うと、踵を返した。

「行くのか? これ、ごっそさん」

 空の器を修道女に手渡すと、赤髪もその背を追う。

「あー、クソマズかった」

 ベンに追いついた赤髪は、そう呟いた。

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