第11話

「あれが保安官事務所だ」

 風に揺れる看板を指差す赤髪の言葉に、少年の身体が硬直した。

「こんな雑魚突き出しても、金にならねえからなあ」

「やかましいっ、俺様は一億レアの賞金首だわっ」

 息を整えた少年が虚勢を張った。もちろん、現実味のない賞金額である。

「声が震えてるぞ〜? 死ぬのが怖いなら怖いって言えよ」

「んなわけあらすかっ」

 ベンの足取りは重かったが、一歩。また一歩近づいていく。

 軒下で寛ぐ法執行官がベン達を見た。その時だった。

「お待ち下さいっ!」

 背後から女性の叫び。ベンは足を止めて振り返った。そこにいたのはハイ・ヤート教の修道服に身を包んだ女性、あるいは少女だった。

「姉ちゃん」

 少年の呟きはベンの耳に届いていた。修道女は走るのに向かない、丈の長い服を揺らしながら駆け寄ってきた。

「お待ちくださいっ」

 肩で息をしながら、彼女は膝をついた。

「保護者か何かか?」

「はいっ。その子はうちの孤児院で預かっている子です」

 傷んだ衣服にスリ。十分に予想できた身の上だ。修道女はさらに、ぬかるんだ地面に額をつけた。

「お願いします。慰謝料はお支払いしますので、どうかこの子を許してあげてくださいっ」

 その理屈が通用する場所は相当限られているだろう。実際、赤髪はよしとしなかった。

「お金、ねぇ。いくら出せる?」

「八〇レアなら……」

 お世辞にも人を助けられる額ではない。それほどに、彼女の教会が逼迫していることを伺わせた。

 改めて見れば、彼女自身も若干やつれている。本来一切の汚れを許されないはずの修道服も努力の痕跡は見えるが、良い状態とは言えない。孤児院は寝床を提供するのに精一杯で、食事も相当切り詰めているのだろう。

「この子は教会を助けるために盗みをして、それで……」少し迷うそぶりを見せたが、彼女は続けた。「責任は、罪は私にあります」

「違う! これは俺の遊ぶ金だ!」今度は少年が喚いた。「お前には関係ない!」

 喚きたいのはベンの方だった。くそ、まったく。私をこんな状況に巻き込みやがって。もうたくさんだ。

 ベンは腕をほどくと、修道女を見下ろした。

「シスタ。無罪放免でもいいが、一つ条件がある」

「条件……?」

 鞄にある三枚の写真。そのうちの一枚を取り出した。

「この男を知らないか」

 キル・カーチス。その男を殺すために自分はここへ来たのだ。自分の息子ぐらいの歳をしたスリを捕まえるためでも、年頃の女子が繰り出すお涙頂戴の口上を聞きながら土下座を眺めるためでもない。

 復讐のために、ここにいるのだ。

 一方、修道女は返答に窮していた。『知らない』その一言を口にするのは簡単だが、そうすれば彼はどうするだろう。気分を害さないように、事態を解決できないか。

 考えた末に彼女から出て来た言葉は、

「皆さんに聞いてみますっ。ですから、せめて今だけは……!」

 事態の先送り。しかし、キル・カーチスとは無縁の生活を続けていた彼女にとってはそれしかなかった。

 なんとか、気分を害さずに。まぶたを閉ざして祈っていると、彼女の背を指がつついた。

「一日貸す。探しておけ」

 手早く修道女に写真を手渡すと、ベンはこちらを向いていた少年の尻を叩いた。

「行け。手首は自分でどうにかしろ」

「あっ、ありがとうございます! 必ず見つけますから!」

 修道女の言葉にも振り返らず、鞄から火の魔法球を取り出してくわえた煙草に火をともす。赤髪もその背中に続いた。

「文句あるか」

「いいや。あんなのいびったところで、どうせ金になりそうになかったからな」

 むしろ、こうした方がキル・カーチスの賞金が近づく可能性がある分よかった。安煙草の紫煙を口から吐いた。

「おい、何か問題か?」

 保安官事務所の前を通ると、法執行官が訪ねた。

「いいや」ベンは短く答えた。「個人的な話だ」

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