第9話
絶大な格差が存在する大きな町。隠れるには最適な場所だ。
彼は最低限の暮らしを送る人々を横目にプーアポルト郊外の厩に馬を預けた。
さすがにこれほどの規模の町ともなると、素性の知れぬよそ者に自由を許したりはしないのが基本だ。
露骨な監視がないのならば、上等だろう。
「そこで止まれ」
馬を預けた後、二人は壁の内側に入るために正門へ向かった。
すると門の前で町の衛兵―――もちろん、軍閥の私兵である―――に止められた。
「身分を示すものを見せろ」
まくし立てるような早口の衛兵に、彼は許可を取ってから鞄から冒険者ギルド会員の証を取り出した。
「ベン・キャラハン。ギルドの二等冒険者だ」
「お前も冒険者だったのか?」
赤髪も自身の会員の証を衛兵に提示した。ベン・キャラハンとは彼が冒険者ギルドに登録している名前で、こちらも偽名である。
書類が偽物でないと判断した衛兵は、二人に尋ねた。
「それで、用事は?」
鋭いまなこが睨む。なるほど、なかなかに精強な強者だ。
「賞金稼ぎだ。キル・カーチスがこの辺りに潜伏したという情報を得た」
「なら、通行を許可する。だが、妙な真似はするなよ」
二等冒険者という肩書きはそれなりに効いたのか。それとも、キル・カーチスの悪名はここまで伝わっていたのか。
ともかく、門番は二人の素性を深く探ることをせずに門を開いた。
まず探すべきは宿である。屋根のない場所で寝られるほど、賞金稼ぎという職は安全ではない。
門に入ると、周囲に視線を巡らせた。こういう交通の便がある場所に軒を構えるものであり、実際ベンの経験は当たっていた。
表通り沿いの二階建て。ベンが見てきたレグノの宿屋の中で一番しっかりした作りのように見えた。
ベンがスイングドアに手を伸ばす。その直前、反対側から乱暴に開かれた。
それからは本当に一瞬の出来事だった。飛び出して来たのは白髪の少年。そして、体当たりと同時にベンの肩下げ鞄のベルトを切断した。
瞬時に少年の肩に手を伸ばすが、するりと彼はかわして見せた。さらに、
「ガハハ、デカパイ一丁!」
少年の小さな手が赤髪の大きな胸部を揺らした。
「こんのクソガキィ!」
鞄には財布以外にも大事なものが詰まっている。ベンは迷う間もなく走り出した。
石畳で舗装された通りでは、常に馬車が行き交っている。少年は馬車の隙間を器用にすり抜け、閉ざされた路地の門を軽々と飛び越えた。ベンも動きは早い方だが、人二人分ほどの塀を乗り越えられるほどではない。ここで大きく遅れをとってしまった。
赤髪が追ってきている気配はない。彼女は追いかける価値があるとは考えなかったのだろう。ならば、自力で対処する必要があった。
「くそっ」
これは緊急事態だ。ベンは門を蹴破り、盗人を追った。
路地の先は中流層と呼ぶべき人々の住宅街だった。恐らく解放戦争かそれ以前からあるであろう伝統的なプーアポルト建築の家々は静まり返っていた。
ベンは一度立ち止まり、耳をすました。聞こえるのは、家庭の環境音ばかり。音を立てぬように住宅街を歩く。
咳をする老人、包丁がまな板を叩き、赤子の鳴き声とそれをあやす母。その日常に、ほんのわずかに気配を殺す足音が混じった。ベンは早足で音源へ向かう。
「やべっ」
囁きと同時に音が走り出した。直後、曲がり角の先に件の少年の姿を認めた。
「待て!」
「待てと言われて待つ奴がおらすか!」
声変わり中の喉が叫んだ。民家の庭を通り抜ける。持久力の差か、その距離は近付きつつあった。
「諦めろ!」
少年が一瞬止まり、転がっていた空の鉢を投げつけた。ベンが横に避けていなければ頭に直撃していただろう。息を荒くしているというのに、大した膂力と根性だ。半ば感心しつつも、ベンは足を止めなかった。むしろ、この抵抗のおかげで彼我の距離はさらに縮まった。
「しつこい奴め!」
庭で振り切るのを諦めたのか、少年は再び路地に入った。続かない理由はない。ベンも路地に入ろうとすると、その足を止めた。
「諦めれば命だけは助けたったのに……お前が悪ぃんだぞ」
少年の手には先ほどまでなかった水平二連の短銃身散弾銃が握られていた。彼の傍には朽ちた木箱があった。万が一に備えて、この中に隠しておいたのだろう。
銃の撃鉄は起きている。しかし、まだベンは生きていた。やはり、鞄ひとつのために殺人犯として追われるのは割りに合わないと踏んでいるのだろう。
ベンは両手を軽く挙げた。疲弊した相手に下手な行動をとると、不慮の事故が起きやすい。
「そこにおれよ……そっから一歩も動くなよ!」
じりじりとずり足で少年は後退した。その先にある通りまで出れば、逃げ切れると踏んだに違いない。
一歩、一歩。暗い路地から明るい通りに近づく。
「動くなよ!」
ダメ押しで喉を震わせる。するとその時、
「オーラーイ、オーラーイ」
女の声と共に、通りへの出入り口を大きな馬車が塞いだ。
「はい、ストーップ」
馬車の上にいたのは、赤髪だった。そもそも、彼女はレグノで活動していた賞金稼ぎ。プーアポルトには伝手があり、地理も把握していた。
「騒いでくれて助かったぜ。場所がすぐわかった」
少年は振り返れなかった。ただ、微動だにせず人差し指を震わせていた。
「ようクソガキ」
「そこ、どけ。撃つぞ」
緊張と疲労で口がまともに動いていなかった。銃が握られていなければ、その言葉に威圧感や脅威は感じられないだろう。そんな彼に、赤髪は言い放った。
「やだ」
「どけ!」
少年が振り返った。直後、爆発の閃光が路地の闇を消し飛ばした。
眩い光が消える頃には、少年の握っていた散弾銃は部品ごとに砕け散り、二つの銃身が地面を転がっていた。
「誰に命令してんだ?」
赤く腫れ上がった手首を抑え、少年は初めてまともに赤髪の姿を見た。
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