第8話
レグノ南西部の海岸沿いに位置する町、プーアポルト。
国内の港町としては中程度の規模で、ガリバルディ家が保有する海上戦力の大半がこの港に停泊している。
この町の価値はそれだけではない。ガリバルディ家の貿易、海運業においても主要な拠点となっているのだ。
陸の外敵に対抗するための大きな外壁がその重要性を物語っていた。
しかし、この壁が抑えている外敵だけではない。
プーアポルトは二〇〇年前のレグノ・ソドレージ戦争では敵国に内通し、真っ先に寝返った町だ。
その風評は数世代の刻が経った現在においても健在であり、元来からの住人をはじめとする『信用ならぬ者達』は壁の外側に隔離されていた。
彼らは背中を銃で狙われながら港へ出勤し、わずかな日当を片手に壁の外に放り出される毎日を過ごしていた。
逃げようにも、軍閥の私兵に遊び半分で撃たれないだけマシ。外の世界を聞いた人々は、この環境に納得するしかなかった。
そんな場所にも、ちょっとした救いがあった。あばら屋やテントが立ち並ぶ町の外で、唯一形を保っている建物。
この世界に存在するほぼ全ての神体が納められている信仰の象徴、教会である。
「―――あなたの犯した罪は許されない事かもしれません」
懺悔室。秩序の神オコドの信徒が日常の小さな罪を告白し、許しを乞うための部屋。
この小さな空間で盗みの告白を聞いていたのは、ハイ・ヤートゥ教の修道服に身を包んだ女性だった。
「ですが、この場でも口に出来たのは大きな前進です。二度とせず、清く生きればオコド様も許して下さるでしょう」
「ありがとうございます」
カーテンの向こうの気配が消え、しばらく待つ。
もういいだろう。彼女はそっと懺悔室から外へ出た。
この昼時に教会を訪れる人間は少ない。ほとんどが昼食か、食事の真っ最中。おかげで礼拝堂には彼女一人だった。
本来、教会とは各宗教から派遣された修道士が一丸となって運営するものだが、この教会は特殊だった。
まずここには、運営するための資金が集まらない。資金とはすなわち、寄付である。
寄付以外にも教会本部からも運営資金が送られるが、あくまで主力は寄付であり、補助程度の額以上は望めないのだ。
この辺りの住人に寄付をする経済的余力があるのか? それは問うだけ無駄というものである。
ただ働きを強いられる上に、治安の悪い場所だ。彼女以外の―――上司となるはずの司祭すらも―――関係者は二、三日で姿をくらまし、やがてどこも相手にしてくれなくなってしまったのだ。
おかげで礼拝堂はもちろん、併設されている孤児院まで彼女が一人で切り盛りしていた。
修道女はふと、神々を象った像に視線をやった。ホコリが溜まっている。そうだ、しばらく掃除を出来ていなかった。
ほとんどが他宗教の神体だが、教会を預かる者として綺麗にしなくては。
掃除用具を取りに信徒館へ向かおうとしたその時、礼拝堂の扉が乱暴に開かれた。
「おーい!」
不躾な挨拶と共に、少年が修道女に駆け寄った。
白銀の頭髪と、赤い瞳。流浪の民と呼ばれる種族の少年である。
彼女がこの教会に赴任する以前から、彼は大人顔負けに強い悪ガキと有名な孤児だった。
今では修道女の根強い説得によって乱暴狼藉は控えるようになり、孤児院を寝ぐらにしていた。
「扉は静かに開けなさい」
「ふん。んなもん、壊けたら直したればえぇんだわ」
独特な訛りで話す少年のベルトでは大きな革袋が揺れていた。
「ほんな事よりも、ほれ。寄付だ。光栄に思えよ」
想像通り、それは財布だった。袋に収まっている、ずしりと重い銭貨。普通の労働では得られないほどの大金である。
「―――ねえ。またあなた、悪い事してない?」
「なにを心配しとるんだ。前にも言うただろ? ちゃーんと、特別に。まともな労働で稼いだったんだわ。額は……俺が超有能だで、ボーナスが出たんだわ」
少年は堂々とした物言いとは真逆に、露骨に視線を逸らした。
誰が見ても「嘘だ」と判断する不審な挙動だったが、修道女は底抜けのお人好しだった。
「ごめんね、ちょっと心配になっちゃったの」
拙い言い訳を信じ込んだ修道女は財布を受け取った。
「―――ごめんね。私が不甲斐なくって」
「気にするな。俺が超有能なだけだわ。姉ちゃんは……うん、普通に有能。他がクソなだけだわ」
「こらっ。そういう言葉遣いはいけないって、前にも言ったでしょ」
少年は唇を尖らせた。
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