第6話

「聞きたい事がある」

 そう告げ、キル・カーチスとアダム・リンカーンの写真を机に置く。いつもの切り出しだが、皆まで言うまでもなくジョーの意図は彼女に伝わった。

「わかって聞いているのだろうが……私が知りたいぐらいだよ」

 領土を荒らされて思うところがない領主がいるはずもない。シモネッタは苛立ち隠さぬままふうと紫煙を吐いた。

「アダム・リンカーンとやらについても、申し訳ないが聞いた事がない」

「そうか。邪魔したな」

 ここまで聞ければ用はない。ジョーは金貨袋の中身を重量で確かめると腰を上げた。

「なんだ、もう行くのか?」

「聞いたことはないが、もしここで手伝ってくれるのなら、調べなくもないが?」

 優秀な手駒は多ければ多いほど良い。慣習に縛られない女領主はジョーに微笑むが、彼は仏頂面を崩さない。

「誰かに仕えるのは、もう御免だ」

 ぼそりと告げると、振り返らずに屋敷をあとにした。



◇ ◇ ◇



「で?」

「で、とは」

 酒場でショットを一気に飲み干したジョーに赤髪が尋ねる。

「キル・カーチスの目的は領主の暗殺だって言ったよな。アテはあんのかよ」

 神出鬼没と噂される男の動きを見抜いたのだ。それに、殺すつもりでもいる。ジョーと行動を共にしていれば自然と賞金にありつけるだろうと赤髪は踏んでいた。

 ジョーはジョーで赤髪を信頼してはいなかったが、利害が一致し続ける限りは信用できると考えていた。

 そのため、少し考えてから口を開いた。

「それは予測の一つに過ぎない。もし最終目的がそちらならば、三日以内に何らかの行動を起こす。領主の推測通り、混乱させるだけが目的ならよそへ移動するだろう。長居のリスクが大き過ぎる」

 珍しく長い台詞を口にしたジョーは喉を潤すため、薄めの酒もどきを注文した。

「あたしには混ざり物なしのをくれ」

「お客さん、この前ショット一つワンショットでぶっ倒れたの忘れたのかい?」

「んだてめぇコラ! あたしが下戸とでも言いてぇのかぁ!?」

「じっ、事実でしょうに!」

 赤髪とバーテンが言い争っていると、酒場に新たな客が来た。

 数は複数、硬いブーツに拍車の音が混じっている。ジョーはあまり柄の良い客ではないと推測した。

「赤髪、緑のリボン、ボイン。どこかで聞いた特徴だ」

「あん? なんだてめぇら」

 ソドレージ系の顔立ちをした男が四人。一人は、前にどこかで見た気がしていた。

「カブラルさんっ、こいつが例の奴らでさぁ! てめぇら、もう終わりだぞ!」

「……誰だお前」

「!? 覚えてねえってのか!」

「お前は覚えてるか?」

 ジョーは赤髪に促されてようやく背後を振り返ったが、すぐに視線を酒に戻した。

「知らん」

「こっ、この野郎! 俺はドミ」

「黙っていろ」

 カブラルと呼ばれた男が言葉を遮った。

 口角から首の中程まで伸びている独特なスタイルの髭が特徴的な男だ。

「部下が失礼した。アラゴ探偵事務所のカラブルだ」

 髭からポマードのにおいをまき散らしながら、カラブルは二人に握手を求めた。

 しかし、そんな義理はない。二人からあっさりと無視された。

「オテテつないで仲良しこよし、ってか?」

「それで済んだら、我々のような人間は必要とされないだろう」

「ははっ、違いない」

 赤髪はわざとらしく笑みを浮かべた。

 カブラルは部下を背後に控えさせたまま、バーテンに最高級のミッチ酒を注文した。

「あの、カラブルさん。騒ぎは本当、勘弁してくださいね」

「そうだな。今回だけは許してくれ」

 バーテンの懇願に軽く応えると、改めて二人に語りかける。

「数日前、部下が賞金を着服したと報告を受けてな」

 その一言は、約一名に深く突き刺さった。

「かっ、カラブルさん! 話が……」

「いつ俺の話を遮っても良いと言った?」

 鋭い視線を向けると、男がたじろぐ前にカラブルの部下が両脇から拘束した。

「黙って、待て」

 瞬く間に冷や汗が噴出し、シャツを酷く濡らした。パンツも濡れていたかもしれない。

「まさか、そっちからその話を切り出すとはなぁ。なんだ、賞金くれるのか?」

「もう賞金以上にうちの備品を持って行っただろう。詫び代わりにそっちは不問にする」

 備品だったのか。適当な事を抜かしやがって。

 俺の、という言葉を聞いていた赤髪は嘘吐きに苛ついたが、とにかく話の腰を折らないでおいた。

「今回は証人になってもらうためにここへ来た」

「証人?」

「そうだ。だが、裁判をするほど我々は甘くない」

 拘束された男のもとに歩み寄ると、彼が差すホルスターからリボルバーを抜いた。

「ドミンゴ・ローボ。お前はガリバルティ家、そしてなによりアラゴ探偵事務所我々の所有物を横領した。これは、ガントレットリンチで済まされる罪ではない」

 迷いのない銃口がドミンゴの眉間に向き、カチリと撃鉄が起こされる。

「何か申し開きはあるか?」

「カブラルさんっ……許してくれっ。もうしないっ」

「忠誠は絶対。忘れたとは言わせん」

 銃声と同時に、酒場に赤い花が咲いた。

 脳髄を失った肉塊は脱力し、両脇を抱えられたまま外へと運び出されていった。

 その場に残されたのは、ジョーと赤髪。そしてカブラルだけだった。

「これで、わだかまりはなし。よろしいかな?」

「いいんだぜ? お前ら全員相手にしたって」

 赤髪は不敵に笑った。冗談と捉えるのが普通だが、彼女の瞳には本物の闘志が宿っていた。

「面白い」

 腰に手を伸ばすカブラルの口から漏れたその言葉を、赤髪は肯定と受け取った。

 二人の腕が交差するのはほぼ同時。しかし、手に持つものは違っていた。

 ガワ。カブラルの手には銃ではなく、真っ赤な花弁を持つ一輪の花があった。

 今でこそレグノの地では見掛けない花だが、数百年前レグノのプレイボーイはこの花を片手に女性を口説いたという。

「てめぇ、何のマネだ?」

「もちろん、口説いているのさ。一眼見て、俺はあなたに惚れた」

「……はぁ?」

 この男は正気なのだろうか。思いがけぬ事態に赤髪は困惑した。

「馬鹿かお前? あたしが引き金に力入れたら死ぬんだぞ?」

「それで死ぬなら、君がそれだけの女という事。つまり、俺の落ち度だ」

 彼の腰のホルスターには鏡のように磨かれたリボルバーが納まったまま。銃を抜こうと思えば抜けたのだ。

 このまま撃ってもいい。しかし、それはそれで負けのような気がする。赤髪はリボルバーを掲げると、そっと撃鉄を戻した。

「ちっ。萎えた」

「ほっとしたよ。撃たれるかと思った」

 彼が浮かべた柔らかな笑みは、先ほど仲間を粛清したばかりとは到底思えぬものだった。

 改めてガワの花を差し出しつつ、カブラルは言う。

「あなたに惚れた」

「ンなこたぁわかってんだよ。で、いくら出す?」

「そういう話じゃないんだ。俺は今、婚約を申し込んでるんだ」

「馬鹿じゃねえの? お断りだ、アホ。いっぺん脳味噌掻き出してこい」

 赤髪はカブラルから花を奪い取ると、ポイと外へ放り投げた。初対面でかつこの出会いなのだから、当然の反応である。

「まあ、時間はたっぷりある。次の機会を待つことにしよう」

 カブラルは諦めていない様子だったが、今度はジョーに視線を向けた。

「シモネッタ様から聞いている。真っ先に窮地へ向かったそうじゃないか」

「部下が優秀だから、余計なお世話だったかもしれないな」

「ああ。もう少し早く着いていれば、優秀な部下が奴を仕留めていただろう」

 その時、初めてジョーがカブラルの方を向いた。

「意外と短気なんだな」

「もっと短足だと思っていた」

 今にも撃ち合いが始まりそうな沈黙が酒場を覆う。その隙に赤髪はカウンターに置かれたミッチ酒を一気に飲み干した。

 抜くか、抜かないか。また店が汚れるのか。

 バーテンが固唾を飲んで見守っていると、出入り口に人影を認めた。

「カブラルさん、失礼します」

「後にしろ。取り込み中だ」

「緊急です」

「……いいだろう。入れ」

 酒場に入ってきたのは黒髪の眼鏡を掛けた男。ジョーはどこかで見た気がしたが、なぜか思い出せなかった。酒を飲みすぎたのだろうか。

 眼鏡の男はカブラルのそばに立つと、そっと耳打ちした。

「そうか。ありがとう」カブラルはため息を吐いた。「キル・カーチスはもういない。少なくとも、この町にはな」

「どういう事だ?」

 赤髪の疑問というだけあって、カブラルは速やかに返答した。

「先ほど、街道で検問をしていた連中がやられた。生存者によると、相手はキャラバンに擬装していた。リーダーの男はリピーター・ピストルを持っていたそうだ」

 リピーター・ピストル。そんな変わり種を愛用する男はそういないだろう。

「どっちへ向かった?」

「南の街道だ。一応ガリバルディ家の領土ではあるが、あっちの方はそこそこ大きな町が一つあるだけ」

「人口が多い、という意味だな?」

「まあ、そうだ」

 それだけ聞ければ十分。ジョーはカウンターに料金を叩きつけると、出入口へ向かった。

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