第5話

「邪魔しやがって役立たず!」

 開口一番、赤髪はそう叫ぶとリピーターを抱えた執事を拳で打擲ちょうちゃくした。口や行動には出さないが、ジョーも全く同意見なので口は挟まなかったが、一言だけ口を開いた。

「誰かさんが的を間違えなければ、もう少しうまくいったがな」

「あ? あはは、まあ……あれだよ。お前らなんか話してたろ、アダムとかなんとか。今死なれたら困るんじゃねえかと思ってさ」

「賞金稼ぎが賞金首を狙わないとは驚きだ。今度から無償で賞金首を狙ったらどうだ」

 ジョーの嫌味に舌打ちすると、赤髪は彼の隣に腰掛けた。すると、ちょうど部屋の扉が開かれた。

「失礼、あなた方が例の?」

「おう、その通り! あたしらがあんたの命の恩人ってわけサ!」

 赤髪が渾身のドヤ顔で妙齢の女性を迎えた。この女性こそ、このラルゴ農園の主人であるシモネッタ・ガリバルディである。

「先程は助かった。礼を言う」

「ははっ、そうだな。で、それだけか?」

 あまりにも包み隠すという事を知らない赤髪の発言にシモネッタは苦笑した。視線を受けた執事は上等な革袋を差し出した。いわゆる金貨袋というやつである。

「千レアずつ入っている。受け取ってほしい」

「おほほっ、さすが金持ちはこうでなきゃな!」

 ニンマリと笑みを浮かべて謝礼を数えはじめた赤髪を横目に、ジョーはシモネッタに問い掛けた。

「なぜ奴に狙われた?」

「単純に混乱をもたらそうとしていたんだろう。この農園はガリバルディ家の生命線だからな」

 それは考えるまでもない事実だった。『鴉の息子達』は宗教的な性質を持つ軍閥だが、意味のない事や非現実的な目標をもって武力を行使しない。

「領土のど真ん中である事を加味しても、雑な警備だ」

 歩哨の一人がジョーを睨んだが、反論は出来ない。自身の無能は昨晩証明されたばかりなのだから。

「信頼出来る人間が少なくてね。町の治安はアウトローよそ者に任せているが、こことなるとそうはいかない」

 ガリバルディ家は徹底した血統主義だ。その血の濃さで軍閥での地位が決まると言っても過言ではない。

 この執事達はもちろん、屋敷の歩哨でさえ遠戚にあたる。それ以外は純粋な労働者や末端の兵士となり、駒程度にしか扱われないのだ。

 裏を返せば、血が濃ければ無能でも要職に就いてしまう。就けてしまうのではなく、就いてしまうのだ。

「血はなんの保証にもなりゃしないぜ?」

 茶菓子を頬張りながら赤髪が言う。天真爛漫な彼女にしては珍しく、その表情には感情が伺えなかった。

 これは血統主義によって政治の腐敗が進んだガリバルディ家にとっては耳の痛い指摘であった。

「そうかもしれないけど、これはうちの、いや。この土地の方針でね。富と綺麗は内々で、貧と穢れは外で。昔からこんな感じだ。悲惨だよ、この国で生きなければならない者は」

「よく言うぜ、富と綺麗の頂点みたいな暮らししてる癖にさ」

「そう言われるのも仕方がない。……この状況を素直に楽しめれば悩まなかったかもしれないな、他のガリバルディ権力者みたいに」

 シモネッタは机のキセルに手を伸ばすと、すうと紫煙を肺に送り込んだ。

 吐かれた息は甘く、鼻腔の奥がわずかに痺れた。鎮静効果と依存性があるアーピエンだ。

 ユーロネシアの大半ではご禁制の品だが、そんな事を紛争地帯で気にする人間はいない。

「そちらも、一服どうだい?」

「じゃ、あたしは遠慮なく」

 ジョーは否定の代わりに煙草に火を灯した。

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