第4話
キル・カーチス。カーチスと名乗る“彼”がレグノに到着する一年ほど前、五名ほどの部下を共にして現れた男。カーチス率いる無名のアウトローの集団は、戦場の混乱で最大限の能力を見せつけた。
少数であらゆる軍閥の輸送隊を制圧・略奪し、討伐隊が編成されると追い立てられる前に姿を消す。その手際はまさに亡霊。首領格が金色のリピーター・ピストルを持つ男という共通の証言を残っていなければ、誰も同一犯だと思わなかっただろう。
そんな彼が『鴉の息子達』に用心棒として雇われたのは多くの偶然が積み重なった結果に過ぎない。偶然『鴉の息子達』が真っ先に接触し、襲った事がなかった。それだけ。カーチスという男に信条はなく、思想もなく、そして祖国もない。
自身の
◇ ◇ ◇
ジャケットの内ポケットから取り出した懐中時計は午前一時を指していた。
「時間だ」
彼がそう告げると、傍らに立つ女性が頷き、魔法球に魔力を込めた。
「突撃ィ!」
ハイ・ヤートゥ教の祭服に身を包んだ男がボルガピストルを宙に向けて発砲すると、一団が一斉に行動を始めた。
馬車に乗り込んだ三名が街道を封鎖し、残りは目的の屋敷へ一直線に進んだ。屋敷を守る塀は先ほど吹き飛ばし、警備も突然の事態に対応できていなかった。もはや、彼らを遮るものはない。二本足の馬を駆る集団はあっという間に屋敷に迫った。
噴水まで迫ると、ようやく屋敷の内部から銃撃を始めた。しかし夜の闇に隠れた襲撃者達を捉えられない警備側の銃撃はまるで当たらず、逆に光源を背にしているような状態の襲撃者側から一方的に撃たれる有様だった。
やがて屋敷からの銃撃が止まった。襲撃者は素早く移動して正面扉前に集まった。
「警備の諸君! 大勢は決した! 今すぐこの扉を開けて農場の主、シモネッタ・ガリバルディを出せば命だけは助けてやろう!」
屋敷の隅々まで通る声で叫ぶと、男は金色のボルガ式ピストルを天に向けて発砲した。
「私はカーチス! 諸君らが恐れる
静まり返っていた屋敷の内側からどよめきが起こった。カーチスの手口は入念であると有名だ。抗うものは殺し、従うものは放置する。「死にたくなければ逆らうな」それがキル・カーチスと出会って唯一生き残る手段だった。
このままなら、屋敷の人間はその身惜しさに目的の人物を差し出すだろう。場合によっては、手間を省いてくれるかもしれない。カーチスがふんと一つ、不満げに鼻を鳴らしたその時。
彼の耳が小さな蹄の音を聞き取った。
「青毛の四本足……」
振り返った視線の先には、この地方ではあまり見られない種類の馬。部下もこの馬に乗っていないはず。ならば、味方ではない。撃つべきだろう。
しかし、カーチスは馬を駆る人物の背格好に、どこか懐かしさを覚えていた。この感情が何なのかを確かめるため、カーチスは銃を向けようとする部下を制し、その人物を待った。
「ヘンリー・ルメイ」
リボルバーを片手に携えた男は、瞳に激しい憎悪と怒りを燃やしながら静かに告げた。
「今はカーチスと名乗っています。大尉」
カーチスは帽子を取って一礼する事で最大級の敬意を示した。表情は平然としていたが、瞳はかつてない歓喜に沸いていた。
「あなたが目前に現れたという事は、連絡を絶った旧友達は皆あなたに討たれたのだろう。私を追うよそ者というのも、あなただったか」
「私がここにいる理由はわかっているな」
「ええ、もちろん。そして、これからあなたがどうするかも」
誰でもない男はリボルバーの銃口をカーチスに向けた。しかし、対する銃口は六つ。もし神速の早業で全員を射殺しても、目的のカーチスを討ち取ったとしても、ほぼ確実に彼は死ぬだろう。
「少なくともまだアダムには会えてないでしょう? 完璧主義のあなたの事だから、まだ死ぬわけにはいかないはずだ」
「奴の居場所を知ってるのか?」
「大まかには。取引しませんか? 私はこんな真似しか取り柄のない人間だから、いずれ死ぬ。だから後回しにしてもいいはずだ。もし私を最後にすると約束するのなら、アダムの居場所を教えましょう」
彼の標的は残り二人。このキル・カーチスとアダム・リンカーンだ。後者については居場所の検討さえついていない状態だ。この提案は非常に魅力的に感じられた。
「悪くない提案だ」
男は銃口を下ろした。カーチスも最大の親愛を込めた笑みを浮かべた。
「あなたには恩がある、殺したくはない。だから……」
「ヘンリー。私がお前達に最初に何と言ったか覚えているか?」
唐突な質問にカーチスは少し悩んだ。この男との出会いは二〇年以上も昔の話だから、あまりはっきりと記憶していなかった。その答えは元教官自ら出してくれた。
「ページ
直後、カーチスの背後にいた部下の頭部が砕け散った。
協力者だ! カーチスは瞬時に状況を把握した。突然の事で射手の位置を捉えられず、正面には老いたとはいえ全てにおいて自分の上だった男がいる。
そんな一瞬の思考の間に三発の銃弾でカーチスを庇った一人が崩れ落ちた。
「撤収!」
「相手は二人、勝てます!」
部下の一人が命令を聞かずに反抗したが、その直後に屋敷から放たれた一発の銃弾で絶命した。命令に忠実な部下は迷いなくカーチスの背を追った。
男も追跡しようと馬の腹を蹴ったが、敵味方の区別がつけられない屋敷から飛んでくる銃弾が行く手を阻んだ。
「邪魔な奴らめ!」
珍しく取り乱した様子で彼は叫ぶが、カーチスの集団はあっという間にその姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます