第3話
道を過ぎ去る農奴を横目に、最後の煙草に火をつける。ジョーがラルゴの町に滞在して三日目。日中は宿の部屋で獲物を点検し、夜になればベランダに立って周囲を見回し、日が昇る頃に少し寝るという生活を送っていた。
しかし、キル・カーチスは未だ姿を見せていなかった。
「なあ、本当にキル・カーチスの奴は出て来んのかよ」
赤髪はジョーに何かを感じたのか、未だに付きまとっていた。彼が興味本位で付きまとわれる経験は初めてではないが、この女は特別しつこい。次の日には大抵消えているというのに。
「いいや」
「そう言う割にゃ、あんたの目は言ってるぜ? 『奴はもうすぐ尻尾見せるぜ』ってさ」
否定はしない。それよりもジョーの意識は遠くに見える屋敷に向けられていた。
「ふぁーあ、今日はもう寝よ」
赤髪があくびを一つ。煙草を外に投げ捨てて部屋に戻ろうとしたその時。ジョーの瞳が敷地の片隅に浮かんだ小さな光源を捉えた。
「来たッ!」
「あ? って、おい!」
ジョーがベランダから飛び降りた直後、内側の塀と修復中の塀の辺りが輝いた。ほんの僅かに遅れて聞こえる二つの破裂音。二段構えの備えだったが、一段目はあまり意味を成していなかったのだ。
「スゲー、マジで当てやがった……」
散々言っておきながら半信半疑だった赤髪は無意識に煙草を唇に運んだ。マッチに手が伸びたところ、ジョーが吹いた指笛で我に帰った。
「あっ! あたしの獲物!」
彼女もまたベランダから飛び降りると、愛馬の二本足を指笛で呼び寄せるのだった。
◇ ◇ ◇
「おい、奴の目的の目星はついてんのかよ」
「奴の目的は暗殺。標的は農園の主だ」
赤髪の問いにジョーは静かに答えた。
キル・カーチス率いる部隊の目的は単純明快、ラルゴの農園を支配するシモネッタ・ガリバルディの暗殺である。
もし純粋に略奪が目的であれば守りの固い屋敷ではなく町だけで十分。塀の一部を破壊するだけに留めるなら、最初から手を出してはならない。無闇に犠牲が増えるだけなのだから。
最初に町を中心に襲ったのは、略奪が目的であると錯覚させるため、屋敷までは手を出せないであろうという油断を誘うため。そして物資を補給するためである。
「お前、何でそこまで奴に詳しいんだ? ただ行き当たりばったりで動いてただけかも知れねーだろ」
「いいや、それはない。奴は無駄な事はしない」
「なんで詳しいんだって聞いてんだよ」
「私がそう教えたからだ」
三日前ジョーが屋敷を偵察していた丘に差し掛かる。すると、二人の瞳が街道沿いに止まる馬車周辺で何かを捉えた。
ジョーが反射的に馬を岩場に向かわせると、マズルフラッシュが夜の闇を照らした。間違いなく敵だ。馬を隠すと鞍からスペンズカービンを引き抜き、レバーを操作し、撃鉄を起こした。
「いきなり撃ちやがって!」
憤怒の形相のまま赤髪は馬上でも扱いやすいリボルバーを引き抜く。赤髪も愛馬も、銃弾の雨を前にしても全く怯まない。風の如く駆け回り銃撃をかわしていた。
これは好機だ。銃声に混じった風切り音が周囲から消えると、片膝をつきまがら上体を傾けてカービンと
景気よく撃ちまくっている割りには、赤髪は健在だ。マズルフラッシュの明かりの数は三つ、リピーターが一人と残りが拳銃。長物持ちを自由にさせては赤髪が危険だ。ジョーはリピーターを持つ人影に狙いを付けると、引き金を引いた。
リピーターは精密射撃に向いた構造ではない。加えて込められているのは一四ミリ弾。弾が大きくとも装薬量が少なく精度も劣悪なこの銃で初弾命中なぞ出来るはずもなく、人の代わりに馬車の車輪を砕いた。
しかし、それで十分。赤髪を狙う銃口が迷いを見せたのだから。
弾を撃ち尽くした敵集団は馬車の背後に撤退した。まだ一発も撃っていない赤髪はその隙を逃さず、一気に距離を詰めた。
馬車を遮蔽物とするのはあまり賢い選択ではない。大きな車輪は地面との隙間を生み、無防備な下半身を晒す結果となるためだ。ジョーはその隙間を出来る限り広く見るために地面を這った。
五つの足が馬車の下に並んでいる。
ジョーが狙いを定めて発砲すると、偶然にも車輪を貫通した弾が命中し、四つの足と一人の悶える男となった。
二人の不幸な男は完全に釘付けにされていた。
そこへ追い討ちをかけるかのように蹄が大地を叩く音が迫り、大きな銃口が男達を捉え、至近から二発のライフル弾を叩き込んだ。
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