第2話
農奴の一日は朝日が昇る前に始まる。この町の住民は大半が実質農奴として生きているのだから、話を聞くなら彼らの生活リズムに合わせるべきなのは考えるまでもない。
ジョーは宿から出ると、獲物を携えてスパゲティ畑へと向かった。
薄暗い道に散弾銃を見つけると、ジョーはその持ち主に語り掛けた。
「いいかな」
「……なにか?」
不機嫌そうな様子で振り返るも、相手が旅人と見ると見張りは精一杯の愛想を振りまいた。ジョーに必要なのは愛想ではなく情報だ。いつも通り写真を見せた。
「この辺りに現れたと聞いた。今どこにいるか知っているか?」
「その通り。この写真の男は『鴉の息子達』を率いてこの農園に現れ、作物や金品を強奪していった。でももう一ヶ月以上前の話だ、ここにはもういない」
「本当に?」
「なにが言いたい」
これ以上聞いても得るものはないだろう。話を切り上げたジョーは農場主の屋敷へ向かうことにした。
ラルゴ農園。七〇年ほど前にガリバルディ家が開拓した農園であり、それ以前は単なる平原に過ぎなかった。町は農園での商売を目当てに成立した、いうなれば農園城下町というやつである。西部の僻地を支配するガリバルディ家にとって、この農園は生命線。ここを失えば領民から奪えるささやかな量の作物と、いつ止められるかもわからない貿易で食料をやりくりしなければならないからだ。
故にこの土地はガリバルディ家が信頼出来る血縁者によって運営されている。ジョーは屋敷を見下ろせる丘で望遠鏡を覗き込んだ。
塀は二重になっており、騎兵が奇襲を仕掛けてきても容易く接近出来ないようになっていた。先の襲撃の際に破壊されたのか、東側の一角で一段目を修理している様子が見えた。見張り台も四つあるうち一つが集中砲火を浴びて屋根が吹き飛んでいる。屋敷そのものにも被害が及んでいたらしく、窓の一部は布を掛けて塞いでいた。よく見れば上品に塗装された純白の壁にも、ところどころ黒点が浮いている。
見張りの方に視線を向ける。単独行動している者が多く、武装はリボルバーかリピーター。
一月も経過したからか、要員が完全にたるみきっているのが見てとれた。
奴がこの好機を見逃すはずがない。
ジョーは一つ確信すると、踵を返して町に戻ることにした。
町の治安は自警団が維持している。自警団と耳通りのいい言葉ではあるが、その中身は地元住民ではなくガリバルディ家お抱えのアウトロー集団、ドン・アラゴギャング。様々な意味で優秀とは言い難い。
溜まり場は町のど真ん中にあり、看板には手書きの文字で『ドン・アラゴ探偵事務所ラルゴ支部』と書かれていた。扉を開けると、ジョーの目前をナイフが通り過ぎた。
「ああっ、ズレた!」
「今回は俺がイカせたな」
壁に突き刺さったナイフを見れば、全裸の女性が描かれたポスターが逆さに貼り付けられていた。彼らは陰部にどれだけナイフを当てられるか競っていた様子だった。
「おい! 聞きたい事がある」
「聞きたい事がある、だってよ」
「へっ、根無し風情が何の用だ?」
ジョーへの謝罪はない。どころか、質問したところでまともに答えるような雰囲気ですらない。それは困る。
軽薄な笑いを黙らせるため、ジョーは壁に刺さった二本のナイフを抜くと、目にも留まらぬ速さで投擲した。
ドン! と先ほどとは比べものにならない音が二人の座る椅子から響いた。数センチズレていれば大変な事になっていただろう。
「責任者は?」
「おっ、俺だ」
ひげ面の男がおずおずと挙手した。ジョーはゆっくりと歩み寄ると、再び問いかけた。
「この辺りで失踪事件は起きてないか?」
「失踪……? いや、起きてない」
法の代行者としての意識に欠けている連中の発言を素直に信じたりはしなかった。
「なら、賞金首が目撃された事は?」
「キル・カーチス……」
「奴以外でだ」
責任者は少し考えると、慌てて書類の山に駆け込み、一枚の紙を手に取った。
「三日前、町の酒場で『鴉の息子達』の暗殺者が目撃された。名前は……」
「それって、こいつのことかい?」
不意に入り口から声が響いた。床が軋む音と呻き声を伴って、一人の女性が入場した。
緑の大きなリボンが巻かれた帽子と、豊満な体型が特徴的な赤毛族の女性だった。
「『働き
縄で縛られた男が机に降ろされた。その顔は青痣や腫れを除けば、責任者が持つ手配書の写真と一致する。
「あっ、ああ……間違いない。こいつだ」
「やりぃ。おら、仕事には賞金だろ早くしな!」
「えっ……」
ジョーの
「おいこの不能ども。まさか賞金使い込んじまった、なんて言わねえよな?」
二人から返事はない。それが答えだった。
「おいこら、答えろ。答えねえと皆殺しだぞ?」
「ないなんてことはない! ただ、賞金がまだ届いていないんだ」
「届いていようがいまいが、仕事して頂いたら自腹切ってでも払うのが道理ってもんだろうがよ! それともあれか、お前大和サムライとやらみたいに腹割いて詫びてみるか? あ?」
「かっ、勘弁してくれ」
落ち着くまで様子を伺う事に決めたジョーは騒ぎから離れて魔法球で火を点けた。
「おい、あんた。ちょっと火貸してくれ」
赤髪に言われるがまま火の魔法球を渡すと、彼女も紫煙を
「ども」
しかし、その使い道はジョーとは大きく異なっていた。
責任者を蹴飛ばして床に転がすと、目前に煙草を向けた。
「さっさと賞金を払え。こいつの灰が落ちる前によ」
「おいっお前!」
「いいぜ抜けよ! どっちが早いかな!」
彼女のホルスターから抜かれたのは、恐ろしく大きなシリンダーを備えた狩猟用リボルバーだ。本来はライフル用の弾を装填するもので、一撃でも貰おうものなら命が危うい代物だ。
リボルバーを抜いたのは赤髪が先だった。こんな銃口を向けられては、後出しで銃を抜く行為は勇敢ではなく蛮勇というものだ。
「お前の目ん玉大事じゃないってさ。さあどうする? 一生右側真っ暗で生きたいか?」
煙草が徐々に火に侵略され、灰色が増える。間もなく、数百度の熱を持った灰が落ちるだろう。デリケートな眼球は無事では済まない。
「俺の銃をやる! 売れば賞金分にはなるだろう!」
「舐めてんのか! 両目潰されなきゃわかんねぇか!?」
「武器庫にライフルがある! 一丁くれてやる! これでもういいだろう!?」
「そこの旦那、ちょいと手伝ってくれるかい?」
若造が責任者に急かされるまま武器庫の扉を開いた。中には一二ミリ弾のライフルがあり、弾もケースごと置かれていた。ジョーはそれを赤髪に渡す。
「ついでに牢屋にぶち込んどいてくれ。なんかあいつに用があったんだろ?」
『鴉の息子達』の暗殺者と話すまたとない機会。ジョーはジョッシュを担いで牢のベッドに寝かせると、リボルバーを抜いた。
「この辺りの賞金首はどうなってる?」
「『
当事者達からの声がない辺り、赤髪の発言は事実なのだろう。ジョーは尋問を再開した。
「聞きたい事がある。言わなかったら、こいつにお前の罪を裁いてもらうことにする。いいな?」
ジョッシュが頷くと、
「キル・カーチスについてだ。奴はまだこの近辺にいるな?」
「しっ、知らない」
ジョッシュが言い終える前に銃声が轟き、ベッドの汚らしい枕から羽毛が飛び散った。
「どうした、続けたまえ」
カチリ、シリンダーが回る。新米暗殺者はこのプレッシャーは耐えられなかった。
「ばっ、場所はわからない。あの方はキャラバンに変装して方々を巡ってる。だけど、この辺りから離れたことはない」
「ありがとう」
くるりとリボルバーが半回転し、グリップがジョッシュの顎を正確に捉えた。
◇ ◇ ◇
「いやー、助かっちゃったぜ。ありがとよ」
武器を脅し取っただけでなく拘束して放置するという暴挙に出た赤髪は、探偵事務所を後にしたジョーの背後に続いてそう言った。
まるで共犯のような言いぶりに不快感はあったが、彼女のおかげで容易く情報を得られたのでジョーは特に何も言わなかった。
「しかしあんたも賞金稼ぎか? キル・カーチスを追うなんてよ」
詮索されるのは好きではない。赤髪の言葉に応じることなく、ジョーは酒場に戻った。
しつこい事に、彼女はジョーの隣を陣取った。
「おーい酒もってこい! 薄めるのとかなしな!」
「はいただいま」
リクノオウジャのバーテンも怪訝な表情を浮かべながら酒を注いだ。同伴者だと思われたのか、ジョーの分も一緒に。
「ほら飲めよ、支払いはあたしがしておくから」
「どうも」
ただ酒は嫌いではない。ショットを一気飲みすると、赤髪は話し始めた。
「見たところ、あんた賞金稼ぎじゃねぇな? 金の匂いはしねえけど金持ちの匂いはするっつーか……奴を狙うのは私怨か?」
「口が軽いな、もう酔ったのか?」
「なんだとぅ? 酔うわけねーだろうがっ」
嫌味のつもりでジョーは言ったが、赤髪はどうも本当に酔っ払ってしまったようで、呂律が怪しくなり髪だけでなく顔も赤くなっていた。自分で頼んだというのに。
厄介なのに絡まれたものだ。ジョーは視線を逸らすと酒のおかわりを要求した。
どうせ、支払いは隣で酔い潰れている女がやってくれるのだから。
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