13 サヤ/沙耶

登にどうしても会いたくなった。いつもは何日か前に約束するのだけど、なるだけ早く会いたくて気持ちに任せてメールを送る。迷惑だったかな。何か予定あるかな。へんなタイミングで着信音鳴っちゃってないかな。送ってしまったことを後悔していると、携帯電話が震えて緑色に光りだした。『お誘いありがとう。19時には着けると思うけど大丈夫?』登からだ。『了解!待ってます』メールしてよかった、もうすぐ登に会える。夕飯 何にしようかな、お昼ごはん食べないでしまったから、おなかがすごく空いている。登が好きなものを作って一緒に食べたい。早く会いたい。そうだ、今日は結子と一緒にカレーを作ろう。登がたくさん食べてくれる。少しかためのごはんをいっぱい炊かなくちゃ。あ、 結子に何も言ってなかった。

「結子ごめん、勝手に登、夕飯に誘っちゃった」

「わかった」

そっけない。もしかして怒ってるのかな。

「ほんとにごめんね?」

「登くんなら大歓迎だよ、お家の中が明るくなるもの。おいしいご飯一緒に作って待ってよう」

うれしくて結子に抱きつく。大好き。


人参を切る。細かい方がおいしい。おっきいと、噛んだときに人参のクセが口中に広がって、せっかくのカレーとごはんの味を台無しにしてしまう。だから丁寧に細かく切る。玉ねぎもにゅるにゅるした食感が気持ち悪いからみじん切りがいい。でも、私は涙がぼろぼろ出てしまって切れないから結子に切ってもらう。人参もたまねぎも、大きいのは嫌だけど、入っていないともっと嫌だ。きっと物足りなくて悲しくなってしまう。じゃがいもは皮を剥いて、スプーンですくいやすいようにひと口サイズに切ろう。お鍋に野菜を入れ、 豚肉をスーパーのパックから直接入れる。水を入れてコンロに火をつけ、さい箸でひとかたまりになっているお肉をほどく。具が細かいからすぐに火が通る。火を止めて市販のル ーを溶かす。この黄色い箱のルーがお気に入り。とってもおいしいのに安い。弱火で少し なじませておく。登が来る頃に温め直そう。


カレーの鍋をぐるぐるかき混ぜていると、玄関のチャイムが鳴った。登だ!早く会いたい。触れたい。走って迎えに行く。登を見ると思わず手を握ってしまった。

「おかえり」

「ただいま」

登の家じゃないのだけど。握った手から登の温もりが伝わってくる。あたたかい。 「ふたりとも手洗ってきてね」

リビングで用意をしてくれている結子が私たちに笑いかける。今気づいたけど、登の手、びちょびちょだ。登が靴を脱ぐのを待って手をつないだまま洗面所へ向かう。灯りをつけて、蛇口をひねる。水道の水を当てながら石鹸を両手の中で転がす。手についた石鹸を泡立てて、右手で登の右手首を捕まえ、指の間に私の左手の指を何度も滑り込ませる。指先で付け根を擦っていると登がくすぐったそうに笑った。ひとさし指の付け根から指先まで、爪の先までを丁寧に洗い、なか指、くすり指、小指、親指と順番に洗っていく。長くも短 くもない登の指は付け根が太く指先に行くほど細くなっていて可愛らしい。てのひらとてのひらを擦り合わせて洗う。分厚くてふわふわで、安心する。ずっと触っていたくなる。 小指の横から手を握り、指を使って登の手の甲も洗う。もう一度石鹸を取って泡立て、同じように左手も洗う。時間をかけて手を洗う私のことを、登は何も言わずに待っていてくれる。私の手についた泡を洗い流してから、登の手首や指の間についた泡も丁寧に洗い流す。蛇口を閉め、かけてあったタオルを取って登の手にかぶせ、彼の顔をちらちら見なが らくしゃくしゃ撫でていると、登が笑ってタオルを取り上げ私の手を優しく丁寧に拭いてくれる。お礼に私も登の手を慎重に慎重に拭く。

「いつまで洗ってるのー」

ご飯のことをすっかり忘れていた。電気を消すのも忘れてリビングに戻ると、結子が支度を終えて待ってくれていた。おいしい匂いが部屋中に広がっている。急にお腹が減ってきた。早く食べたい。結子の隣に座って、登が座るのを待つ。スプーンを持って手を合わせる。

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

登がカレーを食べて幸せそうな顔をしている。私もスプーンにカレーとご飯を同じくらいずつすくって口に入れる。おいしい! 結子はお箸で私がちぎったレタスを口へ運んでいた。私も真似してお箸でサラダを食べる。おいしい!

「牛乳飲みたい」

ソファーを乗り越えてキッチンに行き、冷蔵庫の扉を開けて1Lの牛乳パックを引っ張り出す。普段はしないのだけど、今日は直接飲んでしまおう。

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