リゾート地

アール

リゾート地

「おい、このバカやろう。

何度言ったらわかるんだ」


「申し訳ございません……」


「本当に何度も何度も同じミスをしやがって。

ちゃんとお前に脳みそはあるのか?」


「すみません……」


「すみませんじゃねぇんだよ?

だいたいお前は…………」


上司の怒鳴り声がデスクに響き渡る。


部下はその様子に震えあがり、体を丸くして恐縮していた。


その説教が終わりを迎えたのは、太陽の位置がちょうど真上へ差し掛かった頃であった。


ランチ休憩を示す音が会社内に響き渡り、社員たちはぞろぞろと休憩スペースへ足を運んでいった。


部下の男も急いで弁当箱を取り出すと、休憩スペースへと急いだ。


だがもうすでに遅し。


テーブルの席はほとんどが埋まってしまっている。


どこか空いていないかと必死で探していると、聞き覚えのある声が彼の耳に飛び込んできた。


「おうい、こっちだこっち。

お前の為に席を取っておいてやったぜ」


声のする方を見ると、仲の良い1人の同僚が手を振っている。


そしてその隣には空席があった。


「ありがたい」


男は同僚に感謝をしながらその席は腰掛けた。


「なぁ、さっきは大変だったな?

上司のやつ、酷いこと言いやがる。

あれはいわゆるパワハラってやつだぜ?」


「いや、いいんだ。

全部僕が悪いのさ。

昔からマヌケで、何をやってもうまく出来ない。

そんな僕にムカついてしまうのは仕方がないよ」


「おいおい、そんなこと言うなよ。

……どれ、話題を変えようか」


励ますつもりが、どうも上手くいかない同僚。


話題を変える為に、その種を求めて辺りをキョロキョロ見回すと、壁にかかっているカレンダーが目に入った。


「ああ、そうだ。

聞いたか? 

明日の連休、今年から6連休になるんだってな」


「……うん? ああ、そういえばそうだね。

ニュースで見たよ。

6連休かぁ……」


「ちなみに俺は今日の仕事が終わった晩に、

妻と一緒に寝台列車に乗り込む予定なんだ。

そのまま遠くのリゾート地まで行き、楽しんでくるとするよ」


「……リゾート地か、いいなぁ……。

あいにく僕には妻も恋人もいない。

1人寂しく家で過ごすことにするよ」


「おいおい、そいつはダメだ。

君も何処かへ出掛けないとな。

こんな機会、滅多にないぞ。

心と体をリフレッシュするんだ……」


その後も同僚の話は続いた。


やたらと男に対してリゾート地に行け、リフレッシュするんだと勧めてくる。


これも彼なりに僕のことを心配してくれているのだな、と男は思った。




やがて仕事の終了時間を告げるチャイムが鳴った。


社員たちは荷物を持ち、ゾロゾロと出口へ向かっていく。


みな、その表情には笑顔を浮かべており、明日から始まる6連休が楽しみで仕方がないようだ。


「じゃあ、また休み明けにな。

ちゃんとリフレッシュするんだぞ?」


同僚もそう言いのこし、急ぎ気味に帰っていく。


寝台列車の時間が迫っているのだろう。


男もやれやれ、と言う風に荷物を持つと自宅へ帰ろうとした。


だが、不意に足を止めた。


そして一言こう漏らす。


「……本当に、彼の言う通りだな。

リフレッシュは大切、か」


そして彼は自宅とは反対方向の道へ歩き出した。


何本もの大通りを抜け、やがて小さな駅に着く。


だがその駅には小さながらも、何百人と言う人々でごった返していた。


皆その手には旅行カバンを持ち、手にはチケットを持っている。


やがてホームに大きな列車がやってきた。


「寝台列車リゾート」と、

その列車には書かれている。


ふと、横を見ると、同僚の姿があった。


こちらには気付いていないが、笑顔で妻らしき人物と話に花を咲かせている。


その微笑ましい様子を男は横目に、列車へと乗り込んだ。


中はまるでカプセルホテルのようになっており、男はチケットに書かれた番号を頼りに自分の部屋へ移動した。


「やれやれ、疲れた」


そう呟きながら、部屋の中にあるベッドへ横たわる……。








「終点ー、終点ーでございます……」


列車の中に響き渡った機会的音声で、男はようやく目を覚ました。


そして全てを思い出す。


「……しまった、やってしまった」


男はそう言って毛布にくるまり、頭を抱える。


そんな男に向かって、列車アナウンスは声をかけた。


「列車の中に残っておられる方。

もう終点でございます。

車内清掃のため、すぐにお降り下さいませ」


だがベッドから起きようとはしない。


これが男にできる精一杯の抵抗なのだ。


この列車から外に出ては最後、すべてが


男が起きないので、今度は大きなベルの音が鳴り始めた。


最初は弱く、そしてだんだん強く。


男は両手で耳を塞ぎながら必死にそれに耐えながら寝ぼけた声で叫んだ。


「もうやめてくれ……。

ほっといてくれ……、俺は帰りたくないんだ」


しかしその願いは聞き入れられず、今度はベッドが大きくゆれはじめた。


揺れがだんだん激しくなり、ついに男はベッドが転げ落ちてしまう。


男がその痛さにうずくまっていると部屋の扉がマスターキーでこじ開けられ、外から大きな銀色の体をしたが入ってきた。


ロボットは男に向かって機会的な声でこう語りかける。


「人間様、もう着きましたよ。

終点です、早く降りてください」


「うるさい、うるさい。

俺はあそこに帰りたいんだ。

あのリゾート地へ今すぐ俺を返してくれ……」


「それはいけません。

物事には順番というものがございます。

貴方様が次に行けるのは、5ヶ月後。

それまでお待ちくださいませ……」


「そんな。

それはあんまりというものだ。

ちくしょう。帰せ、帰してくれ……」


ロボット技術が遥かに進歩し、すべての仕事が人間要らずとなった今の時代。


初めのうちは喜び、呑気に遊びまわっていた人々であったが、やがて苦悩を持ち始めた。


人間とは、働かずにはいられない生き物なのだ。


そこで、が作られた。


遥か昔、まだロボットが進歩する前の時代を

できる。


職を与えられ、人は仕事というものを体験する。


勤労感を味わうのはとてもいいことなのだ。


そのリゾート地へ行くための列車に乗り込む際、人は必ず一錠の錠剤を服用しなければならない。


いわゆる忘却作用である。


これがあるため、人は元の時代のことを忘れ、

思う存分リゾート地で擬似体験ができるのだ。


だがそれも、もう切れてしまった。


男は車掌ロボットにすがりつき、泣き叫びながらこう懇願する。


「帰してくれ! 

もう一度あのリゾート地へ行かせてくれ!

上司に怒鳴られ、デスク内にて白い目で見られる。

そして同僚の男に慰められながら、明日の6連休を夢見る。

そんな設定の時代へもう一度帰りたいんだ……」





























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