1話 壁の男

 この世界に存在する始まりの街。

 そこへ訪れた方をご案内する“案内人”が私に与えられたお仕事です。


 さて、今日はどんな方がやって来ているのでしょう。


 入り口に向かうと壁…ではなく大柄な男性がこちらに歩いてくるのが見えました。

 たくましい筋肉を持ち、顔には少し傷。

 目つきは鋭く、とても強そうな外見です。

 頭の上には緑色と黄色のマークが見えるので、恐らく新しいプレイヤーの方でしょう。


 「こんにちは!始まりの街へようこそ!」


 私は渾身の営業スマイルと共に、いつものセリフを言いました。

 プレイヤーさんは、この街に来ると最初にチュートリアルというものを行うそうです。

 チュートリアルというのは、この街からプレイヤーさんが旅立つまでの流れのことです。

 私のこの仕事は、そのチュートリアルを円滑に案内する為のものらしく、この挨拶は必ずしなければならないものだと教えられています。


 挨拶をすると、プレイヤーさんは必ず何かしらの返事をしてくれるので、それに応じて案内をすれば、私の仕事は終わりというわけです。


 「・・・」


 しかし、どうしてでしょう。

 大柄な彼は無言……いえ、これはもはや無反応と言うべきでしょうか。

 瞬きすらせずに止まってしまっています。

目すら合わせようとしてくれません。

 まぁ、彼の視界に私が入っていないだけかもしれませんが。


 返事が無いので、当然私も自由に動くことは出来ません。

 営業スマイルをしたまま、時間は過ぎていきます。

 長年この仕事をしてきた私でも、この無言の空間は、とても気まずい。

 ですが、耐えるしかないのです。

 これが私の仕事なのですから。


 がんばれー私、がんばれー。

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