第6話 「さよなら」聞いて。

大好きだった、あなたへ。


私に、好きな人が出来ました。

あなたとは全然違うタイプ。

とても素直で、真っ直ぐな人です。

年下だけど、私の事を同じ目線で見て・・・

くれる努力をしてくれています(笑)


でも根はとても情熱的で、ロマンチスト。

ここぞと言う時はシッカリしてます。

リンクコーデしてきたり、気遣いも嬉しいです。

ただ、スイッチ入ると真面目過ぎて

私が恥ずかしくなるくらいです。


あなたは、私の初恋でした。

好きだった気持ちは、嘘じゃありません。

でも、今の彼と一緒で、とても笑うようになりました。

勿論、時には喧嘩もします。

それでも、あなたの時と違って、私も全力で彼にぶつかってます。

あなたとは、それが出来なかった。

あの頃、私の弱さが無ければ、もしかしたら仲良く出来たかも知れません。


でも、それに気付かせてくれたのは、あなたとの経験です。

その事には感謝してもしきれません。

ありがとうございました。


いま私は、幸せです。

恐らくは、あなたとの日々は忘れられるでしょう。

でもそれこそが、あなたに対しての恩返しかな?と思ってます。


改めて言います。

恋を教えてくれて、ありがとうございました。

あなたもどうか、素敵な方を見付けて下さいね。



さよなら。


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「なーに書いてるんすかー?」


とある日の昼。

お弁当を食べ終えた夏音は、ふと思い立ち、前の彼宛と仮定した手紙を、スマホのメモに打ち込んでいた。

言うなれば、ポエムのようなものだろうか。

と。

自分のデスク前での「文筆業」に勤しんでいた夏音は、左頬に唐突な冷たさを感じ、

「ぅひゃい!?」

思わず謎の悲鳴を上げてしまう。

「お疲れ様っすー」

夏音が声の方を向くと、ひと仕事終え、遅い昼休みに入るところの彩斗が、手に缶コーヒーを2本、左手の指の間に挟みながらニヤニヤしていた。

「もう・・・!」

夏音は少し怒った風を装った直後に大きく肩をすぼめ、わざとらしく嘆息を漏らし、

「お疲れー」

元の緩やかな表情に戻り、スマホを胸ポケットに仕舞い、彩斗から缶コーヒーを1本貰い受ける。

直ぐに夏音は、デスク横にあるキャビネットから、手作り感に満ちた片手に余る大きさの巾着袋を取り出し、

「はい、どうぞー」

彩斗に手渡す。

「やー、いつもありがとーごぜぇますー」

こちらも大袈裟に、巾着袋を両手で受け取り、恭しく頭上に掲げて深々と御辞儀する。

「早く食べちゃいなさいよー。昼休み終わっちゃうんだから」

と、夏音に促され、彩斗は自分のデスクに座り、袋の綴じ紐を緩める。

その中には飾り気の無い、ラップに包まれた大振りの握り飯が2個と、使い捨ての容器に入った卵焼きや唐揚げといった、ごく普通の弁当がスタンバイしていた。

「今日も、ありがとうございます!いただきます!」

彩斗は両手を胸の前でパンと合わせて、袋の中の握り飯を開封し始める。


お互いの想いを確かめ合った日より、半年程が経過していた。

社長に把握されていた事もあり、小さな会社では直ぐに情報は流布され、社内はお祝いムードに。

ただ、若い両名と親子ほど歳が離れている他の社員との温度差は否めなく。

結婚を(主に女性)社員たちに煽られるも、当然その様な事は無く。

『自然に時を重ねて、それでも縁があれば』

と言うのが2人の共通意識。

故に、確たる婚約などはしていない。


だがしかし。


社長の計らいで、会社から程近い賃貸マンションの一室を「社宅」として借りられる事になり、2人同時に寮を出て同棲を始めたので、周囲は「秒読み」と認識していた。

当の本人たちも、何だかんだ言って、

「2人で生活するなら、節約にもなるし」

と、満更ではない。

すっかり「社内公認」となった2人は、とは言え以降もあまり変わりなく。

弁当の受け渡し以外は「同期社員」の接し方のまま。


夏音と彩斗は宣言通り、自然に時を重ねていた。


「ふー、ごちそーさまでした!」

水筒の緑茶を飲み干して、彩斗はひと心地。

「はーい、お粗末ー」

それを見て夏音は、空容器が入った巾着袋をキャビネットへ戻す。

少しの間を置いた後、2人は合わせるでもなくデスクから立ち、事務所の外へ。

そこには、年季が入ったベンチが一脚。

脇にはそこそこ背の高い、葉が黄色く色付いた樹木が立ち、丁度良い日陰を成していた。

「もう直ぐ秋も終わるねぇ・・・」

彩斗から貰った缶コーヒーを手の中で遊ばせながら、夏音が呟く。

「年寄り臭いなぁ」

彩斗は軽く笑い飛ばす。

その言葉にカチンと来たのか、夏音は頬を膨らませ、やおら立ち上がり、彩斗の背後に回って腕で首を少し強めに締める。所謂スリーパー・ホールドだ。

「どーせ、年寄りバーさんです、よー、っだ!」

「それ、事務所で言っちゃダメだよ?先輩たちは更に歳上なんだからって入ってる入ってるギブギブギブ!?」

彩斗は大袈裟に極まった腕をタップしながら、夏音を諭す。

「ふうっ。分かってるわよ。アンタの前だけだよ」

ふっ、と表情を緩め腕を首から離し、そのまま彩斗の両肩に手を置いて、夏音はふと、視線を上げた。

そこには、秋晴れの澄んだ青空。

「・・・あの時も、こんな空だったっけ」

夏音はふと、彩斗と過ごした「あの日」の事を思い出して、目を細める。

「そうだったんだね。俺、朝から緊張しっ放しで、天気とか覚えてないんだよね」

バツ悪そうに、彩斗は苦笑して頭を掻く。

それを見た夏音の瞳は、慈愛が滲んでいた。

「それくらい、真剣に考えてくれてたんだ」

すっ、と夏音は自然に、肩に置いた手を下に滑らせて、彩斗の背中に覆い被さるように抱き締め、

「ホント、ありがとう。嬉しかったよ」

 柔らかい笑みを浮かべる。

「ちょ、会社ではこーゆー事はしないって・・・」

軽く触れた頬の温もりに戸惑う彩斗に、夏音は更に強く抱き締める事で返した。

「か、夏音・・・」

彩斗の反応に夏音はくすっ、と鼻を鳴らし、

「名前で呼んでくれるの、嬉しい。もう慣れた?」

静かに問い掛ける。

「・・・実はまだ少し、緊張する』

彩斗の回答は、嘘はない。

夏音は、その正直なところが好きだった。

「いっぱい呼んで、体に覚えさせてね」

「ぜ、善処します・・・」

彩斗からの意思表示を確認した夏音は、身体を離し、また視線を空に向ける。

「私ね」

大きく息を吸い込んだ直後、夏音は強い口調で話しを切り出す。

「・・・」

彩斗はそれを遮らずに、黙して耳を傾ける。

「私、前の人との付き合いが、初恋だったの。それまでは女子校だったから全然、異性との付き合いは無くて・・・」

「ん」

「大学で友達に紹介されて、浮かれちゃったんだよね、きっと。相手の事、ちゃんと理解しようとしないで、私の勝手なトコばかり押し付けて・・・」

「うん」

「今、思えば、嫌われて当然だった。でも、それで分かった事もあったから、悔いは無いの」

ふぅ、と一息入れ、夏音は続ける。

「ゴメンね、こんな事話して。でも、貴方には・・・彩斗には、私の全てを知っていて欲しいから」

その言葉に対して、彩斗は、

「分かった」

と促す。

夏音は安心した笑みを湛える。

「ありがと。で、何とか吹っ切ろうって考えたの。でも独りじゃあ、答えは見つからなくって・・・」

その時夏音は、空の中に何かを視認した。

星だったのか、飛行機か。

「彩斗くんのお陰だったんだよ?貴方が勇気を出して、閉じ篭ってた私を、引っ張り上げてくれたから、空の青さを感じられる様になったし・・・」

いつしかベンチの前に回り込んでいた夏音は、その場で深く屈んで彩斗と目を合わせる。

「彩斗くんの事も、ちゃんと見えた。綺麗な瞳」

真っ直ぐ見つめてくる夏音に、彩斗も目線を逸らさずに無言で応える。

「あの日まで、見えるもの全部白黒で・・・彩斗くんが、私に「色」を取り戻してくれたんだよ?」

夏音の脳裏に、告白された時に感じた「風」が思い出される。

「・・・夏音が、元気になってくれて良かった」

半年前を思い返す夏音に、彩斗も記憶を揺り動かされた。

「・・・え?」

その声に、夏音は我に返り、真顔で彩斗を見やる。

「あの頃はさ、単に落ち込んでる同期の事が心配で、どうにか出来ないかな?ってだけで」

彩斗は両の腕を自身の太腿に預け、やや視線を下げる。

「その感情が『好き』だって分かったのは後からだった」

少し苦笑する彩斗に、夏音は気恥ずかしくなり茶化す。

「えー、それまでは私の事、好きじゃなかったのー?」

その抗議には、しかし彩斗は乗ってはこなかった。

「勿論、同期としての好意はあったよ。でも、「中倉夏音個人に対する好き」じゃなかったから」

「お、おぅ・・・」

夏音は少し面食らったカタチになり、トーンを下げる。

その表情に小さく笑い、彩斗は続ける。

「遊びに誘う日まで色々考えてる内に、気付いたんだよ、「夏音の事が好き」なんだって」

風に押されて地面を這う落葉を漠然と目で追いながら、彩斗の口調が少し強くなる。

「前の人と、どんな事があったかは知らないし、聞くつもりもない。オレはオレだから。

オレを好きになって欲しいかったから。だから、思い切って誘った」

姿勢はそのままに、頭だけ夏音に向き、

「・・・メッチャ、緊張したけどね」

眉を八の字に歪めながらも、彩斗は笑顔を絶やさない。

「あ・・・」

その笑顔に、夏音は少し、胸を締め付けられた。

「や、ヤダなぁもう、そんな事言われたらさぁ・・・」

そのままの勢いで夏音は立ち上がって両手を伸ばし、彩斗の顔を・・・

通り過ぎ、頭部をぐわし!と鷲掴み。

「っへ?」

予想外の接触に虚を突かれ戸惑う彩斗の眼前で、夏音は全身を後背に振りかぶり、

ごつん!

狭い彩斗の額に、夏音は自身の広い額を打ち付ける。

「痛っっってぇ!?!」

目の前にチカチカと星が飛び散る二人。

悲鳴を上げる彩斗に対し、でも夏音は掴んだ頭を話さずに、額をグリグリと擦り付ける。

「もっともっと、好きになっちゃうじゃない!」

破顔の夏音には、額の痛みさえ心地良かった。

「え、ええぇえ?!?」

痛みと告白に困惑しながら、彩斗は状況把握に必死だった。

(恥ずかしさって、嬉しさでもあったんだね)

夏音は目の前の「可愛い彼」が堪らなく愛おしくなり、額を離そうとしなかった。

「知ってたよ」

額を擦り付ける動作を止め、しかし彩斗の頭部はそのままホールドしたまま、

「知ってた。彩斗が、私のために色々考えてくれた事」

徐々に両手だけを離していく。

「ありがとう。誘ってくれた時、実はそんなに乗り気じゃなかったんだ。でもね。彩斗が、力強く、半ば強引に引っ張ってくれたから、私は踏み出せたんだよ?」

額も離し、夏音はベンチに座り直す。

打ち付けた箇所は、お互いに、薄ら紅色に染まっていた。

患部?を摩る彩斗とは対照的に、そんな事お構い無しに、空に目を向け、

「前の人と別れてから、もう、人を好きになる事なんて無いって思ってた。それは間違った考えだって、教えてくれたのは、彩斗だよ」

ふっ、と短く息を吐き、夏音は振り向いて彩斗との視線を固定して、

「大好きだよ、彩斗。私を好きになってくれて、ありがと!」

口角を力強く上げて、満面の笑みを湛える。

彩斗は夏音の笑顔を見届けると、

「・・・・・・ぷっ」

込み上げる感情が抑えられずに、

「ぷ、っはははははは!!」

彩斗は大笑い。

「へ?」

体を大きく震わせて笑う彩斗に、夏音はリアクションに戸惑った。

「や、だ、だってさ、そんな、デコ真っ赤にしてイイ事言われたらさ、ちょ・・・!!」

絞り出す様に抗議する彩斗は、我慢出来ずに再度、感情の波に呑まれていく。

「んもう、台無し!!・・・っ、っははははは!!」

気が緩んだ夏音も、結局は釣られて爆笑していた。


昼休みが終わりに近付き、二人は並んで、事務所に戻る。

様々な想いを吐露した結果、お互いに謎の爽快感に満たされていた。

「何だか、カラオケでも行った後みたいだね」

夏音の感想に、彩斗はまた吹き出していた。

徒歩1分強の中で、午後の予定や退社後の予定を軽く済ませると、


ぱん!


事務所の玄関前で、二人は片手でハイタッチ。

その後、夏音は扉を開けて事務所内へ。

彩斗はそのまま駐車場へ歩を進める。

二人の顔には、互いの信頼感が成せる笑みが湛えられていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よっし、午後も頑張る!」

席に戻った夏音。

机上では、半年前のあの日に遊園地で買った小さな犬の縫いぐるみが2体、主人を迎えていた。

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さよならの続きを がりんぺいろ @torakon0328

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