第4話 まっすぐ進んでる
「中倉さん、明日、オレと一緒に出掛けよう!」
隣のデスクの同期の男の子から、突然のお誘い。
いつもの様に終業後の帰り支度をしていたら、忙しく机上のPCのキーボードを打ち鳴らしていた明井くんが、ふとその手を止めて私の方に90度、椅子ごと捻り正対して、そう話し掛けてきた。
「え?」
いきなりの提案に、一瞬頭の中が突散らかる。
私としては、間の抜けた返事が精一杯だった。
彼は続ける。
「朝10時、家まで迎えに行きます。逃がしませんよ?」
確かに、彼も私も会社から「独身寮扱い」のアパートを支給されてるから、お互いの住所は周知の事。
明井くんが知ってても疑問は無いけど・・・
「や、明日って随分急な・・・」
私が混乱状態から回復しようと何とか話を落ち着かせようと試みるも、それは敢え無く、明井くんの断言に遮られた。
「オレ、中倉さんと行きたいトコがあるんす。明日の休み、オレに下さい!」
今まで見た事のない、力強い言葉と眼差し。
つい、その勢いに気圧されて、
「う、うん、いい、よ?」
と承諾してしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
明井くんが満面の笑顔で退社した後の、私以外、誰も居ないオフィス。
支度を終え、更衣室で着替えるのみとなった私は、何となく席を立つ事を躊躇っていた。
ぼんやり正面の壁を、椅子の背凭れに体重を掛けながら眺めると、年季を感じるアナログの壁掛け時計が、丁度7時を指していた。
(戸締りして早く帰らなきゃ・・・)
意識としては帰宅を推進してるのに、さっきから明井くんの顔が浮かんで、足腰への信号を阻害してくる。
でも、不思議と嫌ではなく、そのココロの鬩ぎ合いに身を委ね、小一時間過ぎていた。
「急に、どうしたんだろな・・・」
いつもより朗らかに、でも積極的に、私を遊びに誘ってくれた明井くん。
でもよく見ると、全身が小刻みに震えてるのが分かった。
そうか。
同期とは言え、腐っても私、女だもんね。
社内なら兎も角、プライベートとなれば、穏やかじゃないか・・・
ん?
穏やかじゃない?
何で?
そう逡巡した時、デスクの隅に鎮座したスノードームが視界を掠めた。
瞬間、私の頭の中の薄靄が、少しだけ濃くなった気がした。
「え、嘘・・・」
察した。
察してしまった。
「どうしよう・・・」
安易にOKして良かったの?
まだ私自身が、気持ちの整理を終えてないのに・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌朝。
8時30分に目覚ましをセットしてたけど・・・
現在、6時57分。
寝起き、極めて良好。
「・・・そんなモノなのかな?」
目覚まし時計のアラームを解除して、寝床の直ぐ横の窓のカーテンを開ける。
晴天。
私は思わず微笑んだ。
天気の良さにではなくて、昨夜のカナちゃんとの遣り取りを思い出したのだ。
『なーんにも考えないで、普通に遊んできたらいーじゃん?』
モヤモヤしたまま帰宅した私は、状況を何とか打破するべく、肉親の次に信頼のおける親友に、事の顛末をSNSで伝えたら、秒で反応が返ってきた。
通話機能で。
繋いだ直後の第一声は、歓喜に満ちた、謎の祝福だった。
『やー良かった!おめでとう!やっとノンも吹っ切れたか!アタシ、今からでもノンとその同期くんをハグしてチューしたいわ!』
いやちょっと待って?
私、シンプルに
「同期に明日、遊びに誘われた」
って送っただけなのに。
その後「どうしたら良い?」的な悩み相談を連投しようと思ったら、文字打ってる最中に通話来るし。
でもカナちゃん、心配してくれてたんだよね。
ありがとう。
とは言え、事情はキチンと説明しなきゃ。
で、一頻り祝辞を述べたカナちゃんの息継ぎを狙って、
「えっとね、カナちゃん、実はね・・・」
捻じ込む様に腰を折って数分、現在に至っている。
『それでもまー、吹っ切るキッカケにはなるわよ。同期くんだって、全然知らない訳じゃあないでしょ?ノンの事情』
「多分、ね。私からは話してないけど、会社の誰かからは聞いてると思う」
ただでさえ人数の少ない会社だし、きっと奥さん辺りが社長とかに話してるだろうから。
『だったら尚更だわ。このタイミングで声掛けてくるんなら、大いに脈アリでしょー』
一瞬の間の後、少しトーンを落として、カナちゃんは続ける。
『喩え「そーゆーコト」じゃなくても、最低でも同期として心配してくれてるのは間違いないだろから。元気付けようとしてくれてるなら、ソレはソレで良いじゃない。気晴らし、してきなよ』
「うん・・・でも何か、明井くんを都合良く使ってるみたいで・・・」
踏み出せない理由を探してるのを察したのか、カナちゃんは、
『ノン!』
鼓膜を突き抜ける大声で、私を一喝。
「!!っ」
反射的に全身をビクつかせ、手の中のスマホを離してしまう。
ベッドに腰掛けていたのが幸いして、布団でワンバウンドして、床の座布団に転落した。
そんな状況を知らないカナちゃんの声は、聞き取れるギリギリの音量で部屋に響く。
『きっと同期くんは、それさえ覚悟の上だって!それでも心配だから・・・好きだから、勇気を出して誘ってきたんだと思うよ?』
ああ、やっぱりそうだよね。
さっき会社で「ズル残業」してた時から、そんな気はしてた。
でもそれって、私の自惚れじゃないか?と、湧いた感情に努めて冷静に蓋をした。
でもカナちゃんの言葉で、その蓋はポロリと外れ落ちてしまった。
(明井くん、私の事をそんな風に想ってくれてたのかな・・・)
アタマの中で独り言ちてたら、まるで聞こえてたかのような言葉が返ってくる、
『そこまで想ってくれてんだもの。ノンも、お誘いOKしたからには、応えてあげなよ。別に、結婚とかを即答するんじゃないんだからさ』
一瞬「結婚」って生々しい単語に息を呑んだけど・・・
「そうだよね、私、行くって返事、してるもんね。うん分かった。明日、明井くんと楽しんでくる」
僅かに軽くなった肩を空いてた右手で摩りながら、親友に決意表明。
『頑張るなよ?でも、自分に正直にね、ノン』
カナちゃんはそう、私に激励を残して通話を切った。
スマホがホーム画面になった事を確認してから、大きく息を吐いてベッドに倒れ込む。
安堵感からか、程なく眠気が来たので、惰性で掛け布団に包まる。
意識が遠のく直前に私は、
「週明け、奥さんにタイムカードの残業調整、頼まなきゃ・・・」
割とどうでも良い事を考えていた。
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