第3話 決意

とある一室。

年季を感じさせる棚には、数多くの資料ファイルや専門書らしきものが陳列され、お世辞にも良い集光とは言えない外窓を背に、これまた趣のある木製の事務机が1基。

机上にある「社長」の立札から、この部屋の主が判明する。

その前には、周囲と比べて少し違和感ある、割と近代的な白基調の2~3人掛けの洋風ソファ2基に挟まれたガラステーブル。

商談などの打ち合わせスペースも兼ねているのだろうか。

そんなソファにはそれぞれ、1人ずつ座っている。


一方は、左胸の名札に「社長」と刻まれているので、この部屋の主たる者であろう。

だがもう一方は、『社長』と同じ制服を着た、まだどこか、少年の幼さを残した一青年。

青年は両の肩を張り、拳を固く握ったまま自身の太腿に置き、いかにも緊張している風体。

その青年を見やる『社長』は、どこか慈しむ様な眼差しを湛えつつ、口元はこれから悪戯でもするかの様な悪い笑みを形成し、そのままテーブル上の缶コーヒーを唇に運ぶ。

一口、二口と喉にコーヒーを流した後、ふう、と一息吐いたところで、『社長』が言葉を発する。

「さて・・・」

「!!っ」

青年は、その音に全身をビクッと震わせる。

『社長』は、その仕草をチラ見して、なお続ける。

「今まで遅刻も無断欠勤も無い、優良な社員たるキミに、現状は何も不満や疑念は無いのだが・・・」

「・・・・・・」

わざと大きな抑揚を付け、勿体ぶるかの様な『社長』言い回しに、青年は違和感を感じつつも、黙して視覚と聴覚を『社長』へ集中する。

「前触れ無く急に、給料の前借りを申請されるとなると、やはり親御さんから子供を預かる側としては、何事かと心配するのは、雇用主としては当然の事なのだが・・・」

ふと静かに『社長』は立ち上がり、テーブルに両手を付いて、ずい、と青年の眼前に顔を寄せる。


「・・・相手は、中倉か?」


声のトーンを下げた『社長』は、にやりと口角を上げ、青年に問いかける。そして、その解は、

「っっっ!!」

喉の奥から発せられた声無き声と、両の眼に映る「ナゼ?」の色から、正答である事が証明された。

と、思いきや、その直後に『社長』の口から零れた言葉に、青年は愕然とした。

「いやー、そうかなーとは思ってたけど、まさかもう、出来ちまうとはなー!」

「っはぁああああ!?!?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


少々の間を挟んだ後。


「やースマンスマン。あんまりにも神妙なツラしてたから、てっきり・・・」

はっはっはっ、と軽く笑い飛ばし、『社長』はソファに大きく掛けて、足を組んだ。

「勘弁して下さいよ・・・」

青年は、目の前にあった自分用の缶コーヒーを開栓しながら、大きく嘆息する。

「しかしまぁ、安い賃金しか支払ってない自覚はあるけど、いきなりカネの相談されるとさ」

ぐい、と残りの缶コーヒーを飲み干し、そのまま空き缶を右手の中で遊ばせつつ、

「やっぱ雇い主としては心配するのは変わらんよ。で・・・」

声色は穏やかなまま視線を少し強め、青年を射抜く。

気圧される心を奮い立たせ、青年は必死に、思いを紡ぐ。

「あ、あの!彼女が・・・中倉さんが、落ち込んでるんです。いつも明るく、職場の元気の源の様な、あの中倉さんが、な、何日も、元気が無いんです!同期として、見逃せないんです!だから・・・!」

その必死さに「ふむ」と相槌を打ち、『社長』が静かに言葉を被せる。

「お前が彼女を元気にするために、軍資金が要る、と?」

「は、はい!!」

思惑を看破され、青年は反射的に返事する。

その、あまりにも真っ直ぐな、そして切羽詰った感が、初老の『社長』には微笑ましく、また、懐かしさも感じた。

それ故の助言を、『社長』は静かに説く。

「まあ一応、オレは社長で、お前の雇い主だ。例えばお前らの結婚式の代金を払うくらいは、

会社のカネに手を付けないでもどうにか工面出来るくらいの蓄えはあるさ。でもよぉ・・・」

右手に残った空き缶を、『社長』は青年の眼前に突出しながら説き続ける。

「お前、そのカネだけで、何をして中倉を元気に出来る?豪華なホテルのディナーか?それともテーマパークにでも連れ出して、1日遊ぶか?」

「・・・・・・・・・」

青年は、ほぼ考えていた計画をあっさりと見破られ、口を閉ざした。

『社長』は、そんな青年の無言の抵抗を、

「おいおい、その程度のプラン、ノープランと一緒だぞ?」

無慈悲に批判する。その上で、人生の先輩たる助言を与える。

「惚れた女を想って、力になろうと躍起になるのは正しい。だからと言って、カネやモノでどうにかしようと短絡的に発想する。コレは駄目だ。もしそうしたいなら、今お前にあるだけのチカラでやらなきゃな。背伸びしたって、女は鋭いから、直ぐに見破られるぜ?」

右手を前に突出し、空き缶を青年の額に軽くコツン、と当てた後、すっ、と胸元まで下げる。

「ココが伴ってないと、何やったって同じだ。それは、カネとかモノじゃねぇ。そう云うのはな・・・」

青年の心臓のあたりを空き缶で2度小突いて後、空き缶を後方へ無造作に放り投げる。

それは、放物線を描き、部屋の隅にあったゴミ箱へ、綺麗に吸い込まれた。

「自分のチカラだけでやってこそ、伝わるんだよ」

カランカランと聞こえる空き缶の着地音が静まる頃、青年はハッ、と我に帰る。

「・・・そうですよね、社長の言う通りだ」

青年は力無く、しかし確かな強さで思いを新たにした。

それを見た『社長』は再び口角を上げ、大袈裟に嘆息しながら朗らかに青年を諭す。

「よしよし、伝わったな。これでオレは、資産の無駄遣いを回避出来たので万歳だ」

ケラケラと軽く笑う『社長』を見て、青年は苦笑い。

表情も普段のものに戻った事を確認した『社長』はソファから立ち上がり、青年に背を向ける。

「で、だ。未来ある我が社の有望な人材への投資は、経営者としては惜しまないし・・・」

そのまま『社長』はデスクの長引き出しを開け、中にある何かを掴み、

「投資のタイミングも、逃してはならないので、ほれ」

青年の目の前に置かれていた缶コーヒーに、パサリと茶封筒が当たる。

「我が社に有益な見返りを、期待するぞ?」

その封筒には、

『志』

の一文字が、殴り書きの様な荒々しさで記されていた。


「社長室」と書かれた扉を閉め、ふう!と大きく息を吐いた青年は、

「・・・お見通し、だったのか」

微笑みながら舌打ちして、職場へ向け歩き出す。

左手に握られた茶封筒のその裏面には、

『明井 彩斗(あけい さいと)くんへ』

と、やはり荒々しい文字で書かれていた。

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