第17話 閉ざされていた過去
現国王のアイザックがまだ王太子だったころ、彼は好奇心旺盛で明るい子供でした。彼は冒険好きで、時々城を抜け出すことがありました。普通の街の子供がどんな生活をしているかを知りたくて、よく街をこっそり歩いていたそうです。
十八歳になった頃、彼は街の娘と恋に落ちました。二人はとても愛し合っていたために、若くして子を授かってしまいました。さすがにここまで大事になると王太子も黙っているわけにはいかず、両親に相談することにしました。彼の両親である元国王と王妃はもちろん彼の行動を叱責しましたが、王太子の子供を身籠っているということで、その娘を城で大事に世話し、その子供を産んでもらうことにしました。
しかしそのとき、王太子には婚約者がいました。もちろん王太子の婚約者なので、国王やその周りの者が決めていた、次に王妃となる女性です。王太子が恋した娘の妊娠が発覚したのは、ちょうどその婚約者が発表されたすぐ後のことでした。そこで前国王と王妃は娘と婚約者に頼み、生まれてくる子供が男の子だった場合、婚約者の息子、つまり第一王子として育てることに決めました。
娘は城に招かれ、手厚く身の回りの世話をしてもらいました。婚約者も妊娠しているのだと周りに思わせるために同時に城での生活を始めさせることにし、二人の女性はしばらく人目を避けて暮らしました。本当のことを知っているのは、本人たちと国王・王妃夫妻、そしてその傍に仕えている家臣や使用人だけでした。
夫妻や娘の世話をしていた使用人たちは、気立ての良い娘のことをとても気に入っていました。彼女の身分がもう少し良ければ王太子と結婚させることも考えていたようでした。しかしその婚約者だけはどうしてもその娘のことを許せなくて、陰で娘のことを陰湿に虐めていました。城の端の方に部屋を用意してもらっている娘のところまで見舞いと称してわざわざ出向き、あることないこと娘に吹き込んでいくのでした。
『王太子様はもう、あなたのことはどうでもいいって言うの。私のことを愛してる、って……』
『子供を産んだらあなたはもう、あの方に捨てられるんでしょうね』
その結果、娘は精神的に病んでしまい、子供がお腹の中にいるにもかかわらず食事が喉を通らなくなっていきました。そして臨月になりついに出産を迎えましたが、彼女の体は出産に耐え切れず、赤ん坊を産み落としたすぐ後に命を落としてしまったのでした。
その娘がなくなってから約四年後、娘が命と引き換えに産み落とした男の子が四歳になった頃、国王になったアイザックと王妃になった婚約者との間に息子が一人産まれました。ウィリアムと名付けられた彼は第二王子となりました。
二人目の息子ができても国王は兄となった男の子を平等に愛していました。でも王妃はそうではありませんでした。自分ではない女性が産んだ子供を愛することができなかった彼女の二人に対する態度は明らかに違っていて、物心がついたばかりの兄にはそれがとてもつらく感じられました。国王は王妃のそんな態度を見かねて注意するのでたびたび口論になっていたようで、夫婦仲もあまり良いとは言えない状態でした。
時が流れ、兄が十五歳になった日の夜。この日も王妃はとても兄のことを心から祝っているようには見えず、弟にばかり構っていました。小さい頃から疑問を抱いていた兄は、とうとう王妃の部屋に行って尋ねました。
『どうして僕とウィリアムとであなたの接し方が明らかに変わるのですか』
すると、王妃は兄のことを蔑むようにふっと鼻で笑いました。
『そろそろ喋ってもいいかしらね』
そう言って意地悪く微笑んだ王妃は、兄の生い立ちを全て語って聞かせました。その悪魔のように歪んだ笑顔は、おそらく兄と兄を産んだ女性にしか見せたことのないような表情でした。そこで兄は、自分の本当の母親の存在と、目の前にいる今の母親がどれだけ自分を疎ましく思っているかを知り、ひどく混乱しました。
『お父様は、そんなこと一言も……』
『あの人は、お前の本当の母親が亡くなったことを知ったらお前が混乱して悲しむと思って、みんなに口止めしていたのよ。でもね、あの人が他の女に産ませた子供が私を母親扱いしてくるのが許せなくてね……ずっと我慢していたの』
大きなショックを受けた兄にはそこからの記憶がなく、気がつくと自室に戻ってベッドに腰かけていたのでした――。
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