第16話 一番会いたかった人
何度も聞きたいと願っていた声が、私の名前を呼んだ。
(聞きたすぎて、幻聴でも聞こえたのかしら)
だって、彼がこんなところにいるはずがない。
振り返って確かめたいけれど、やっぱりいなかったらと思うと怖くて動けない。
けれど、そんなわたしの名前を力強く、さっきよりも大きく呼ぶ声が聞こえた。
「シャーロット!!!」
「!」
今度は確信する。間違えようのない、彼の声だ。
ジャックがここにいる――!
今度こそ迷わずに振り返った。そして――。
雨に濡れた柔らかい金色の髪、私をまっすぐに見つめる深緑色の瞳。
間違いない、私の大好きな人。
彼も傘を持っていないようだが、構わずこちらに走ってくる。
「シャーロット、馬鹿な真似はしないでくれ……」
「……?」
言葉の意味がわからず戸惑った私に彼が駆け寄ってきて――次の瞬間、私は彼の腕に強く抱きしめられていた。
(えっ!? 何!?)
大好きな人の腕の中に閉じ込められて、さらに彼の色気のある匂いが微かに漂ってくるのでくらっとしてしまいそう。
「シャーロット……」
彼の吐息と甘く掠れた声が私の左耳をくすぐってきて、体がぴくっと反応してしまった。どうしようもなく鼓動が早くなる。
「あの、えっと……?」
「ここから飛び降りようとしてなかった?」
その言葉を聞いてやっと合点がいった。確かにそんなことも考えてみたけれど、まだそう決断したわけではなかった。でも傍から見れば、崖のぎりぎりに立っていたらそこから飛び降りようとしているようにも見えてしまうのももっともだ、ということに私は気づいた。
「いや、本当に飛び降りるわけじゃ……」
「よかった……」
彼は私の答えにほっとしたのか、ますます私を抱きしめる腕の力を強くした。冷たい雨に濡れていても彼の温もりが伝わってくる。しかしさすがに少し苦しかったので、申し訳ないけれど彼にそう小声で告げた。
「ああ、ごめん……」
彼はゆっくりと腕の力を緩めて私を離した。途端に彼の温もりが恋しくなって胸が疼く。
「……どうして、ここに?」
この崖のことは話したことがないのに、なぜここに来れたんだろう。そう思って尋ねてみると、彼はすぐに答えてくれた。
「俺は君が来なくなってからも、毎日あの丘に通っていたんだ。いつかまた来てくれるんじゃないかと期待して……。今日もあそこに座っていて、なんとなく周りの景色を眺めていたら、ここに立っている君が見えたんだ」
ほら、と彼が後ろを指さしたので目を向けると、少し遠くの方に丘の頂上が見えた。そして、大きなオークの木が一本立っている。確かにあの丘だ。
「あそこから見えるのね……知らなかった」
あの丘もこの崖もお気に入りの場所なのに実は繋がっていたんだな、と私は感心した。
でもそんなことよりも、彼がずっとあの場所で私を待ってくれていたという事実を知り、うれしさと申し訳なさが込み上げてきてまた泣きそうになる。
「ずっと待たせていたなんて。ごめんなさい……」
「いや……」
彼は再び私に向き直った。私の目を見つめるその眼差しはすごく真剣だった。
「君にずっと謝りたかったんだ。本当のことを話さなかったことと、その結果君を傷つけてしまったこと……」
つらそうな表情になる彼に、私の胸まで締めつけられる。
「俺は確かに、国王の息子だ」
わかっていたけれど、改めて本人の口から聞くと現実味が増して聞こえる。
耳を塞ぎたくなるけれど、ちゃんと聞かないといけない。
「でも、俺は次期国王になりたいわけじゃない。……たぶん、俺が王位を継承するべきじゃないんだ」
「え……っ?」
(どういうこと?)
第一皇子であるのなら、彼が王位を継承するのは当たり前のことだと思っていた。しかし、彼が『第一王子』なら、もしかしたら『第二王子』も存在して、そのことと何か関係が――?
混乱しているのが顔に出ていたのだろうか、彼は私に微笑みかけた。なんだか切なそうな表情だった。
「長くなっちゃうけど、俺の話、聞いてくれる?」
私が頷くと、彼は静かに語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます