第13話 二か月ぶりの

「嘘、なんで……?」


 いつもの場所に、輝くような金髪。

 顔は遠くて見えないけれど、見間違えるはずがなかった。


(どうしてジャックがここに……?)


 私がここに来るのをやめて二か月程経つのに、なぜ彼はそこにいるのか。

 しかも、よく考えてみると今日は水曜日ですらない。


「なんでいるの? ジャック……!」


 心の奥底では会いたいと思い焦がれていた彼が向こうにいる。今すぐ駆け寄りたいという衝動にかられて足を踏み出したとき、あの日の出来事をふっと思い出した。

 彼と街で甘く幸せな時間を過ごしたあの日。そして、彼が王子だと知らされたあの日――。


(そうだ、彼は王子なんだった……)


 私は改めてゆっくりと丘を登り始めた。

 もしかしたらお父様の勘違いかもしれない。ちゃんと本人に聞いて確かなければ……と思い、勇気を出して彼のそばへと向かう。

 彼は木にもたれかかって膝を抱えて座り、物思いにふけっているようだった。


「……ジャック、なんで、ここに?」


 彼の前に立ち掠れた声で尋ねると、彼ははじかれたように顔を上げた。


「シャーロット!」


 私の名前を呼ぶ低くて甘い声と私の大好きな笑顔が、私の胸を締めつけてくる。

 すっと立ち上がった彼の顔は眩しすぎて、思わず目を逸らしてしまう。


「元気だった? 急に来なくなったから、心配だったんだ」


 聞いてしまったら多分、もう今までの関係には戻れないと思った。

 それでも一縷の望みをかけて聞かずにはいられなかった。


「あなたは、ジャック様は……この国の王子様、だったんですか……?」


「――!?」


 否定してほしかった。違うよ、と言っていつもみたいに笑って私の不安を吹き飛ばしてほしかった。

 しかし、はっと息をのんだだけで何も言えない彼の様子が真実を物語っていた。


(やっぱりそうなの……?)


 わずかに残っていた希望のかけらが絶望に変わった。

 重苦しい沈黙が二人を包み、やっと彼が口を開く。


「……どこでそれを?」


「父が教えてくれました。二人で街に行ったときに私たちを見かけたようで」

 私が答えると、彼はそうか、と呟いて寂しそうに笑った。


「どうして教えてくれなかったんですか?」


 忘れていたはずの悲しみが蘇ってくる。


「別に、嘘をつきたかったわけじゃないんだ。だけど——」


「私はそんなに信用できませんでしたか?」


 思わず語気を強めてしまった。彼の肩がぴくりと動いたのを見て申し訳ない気持ちになったが、次から次へと言葉が溢れてきて止められない。


「最初から手の届かない人だとわかっていれば、こんなに夢中になることはなかった」


 目頭が熱くなり、視界がぼやけてくる。


「あなたが王子だと知っていれば、私は……」


 私は自分の目から涙が零れ落ちるのを感じた。


「私は、あなたをここまで好きになることはなかった——!」


「――!」


 彼は私の告白に驚いた表情をし、それから苦しそうにくしゃっと顔をゆがめた。

 ちょうどそのとき、鉛色の空から雫が降ってきて私の頬に落ちた。まるで空も私と一緒に泣き始めたかのようだった。


「シャーロット、ごめん、俺――」


 私はそんな彼の顔を見ていられなくて、彼に背を向けて走り出した。


「シャーロット!!!」


 私の名前を叫ぶ、初めて聞いた彼の必死な声に、振り返ってしまいそうになる。そのまま彼の元に駆け戻ってその胸に飛び込みたくなるのをこらえ、私はひたすら来た道を戻った。


(これでいいんだわ……)


 これでもう、今度こそ、彼に会うことはない。

 走りながら、あの日から蓋をしていたはずの彼への気持ちがまだ失われていなかったことに気づく。

 この想いは早く忘れてしまわなければならない。いっそ消してしまわなければならない。


(あなたはこの国を背負って立つ人なんだから――)


 私のことなんか、忘れて――。


 家の前に着いた頃には雨脚がかなり強くなっていて、私はびしょ濡れだった。しかし涙はまだとめどなく溢れてきて止まってくれなかったので、家の裏に回って声を抑えながら、涙が枯れるまで泣き続けた。

 無理やり押し潰した心がどうしようもなく痛かった。

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