第二章 真実と絶望
第11話 彼の秘密
家に着き、階段を上って二階の自分の部屋に戻ろうとすると、お帰りなさいませという声が聞こえてきて、メイドさんが居間から現れた。
「旦那様からお話があるそうです」
(あれ、私何かしたっけ?)
最近の自分の行動を思い返してみたけれど、特に心当たりがなかった。
強いて言うならば、誰にも言わずに毎週ジャックと会っていることだろうか。
あれこれ考えながら居間に入ると、いつになく神妙な面持ちの父となぜか心配そうな表情の母が並んで椅子に座っていた。
「お父様、お話というのは——」
「そこに座りなさい」
いつもは温厚で優しい父の声が、今日は少し低いように感じる。
私は言われた通りに座り、二人とテーブルをはさんで向き合った。父が再び口を開く。
「シャーロット、正直に答えてくれ……今日の午後、街で一緒に歩いていた青年は誰だ?」
(やっぱり彼のことがばれちゃったのね)
このまま黙っているわけにもいかないのでちゃんと説明することにした。
「彼はジャックといって、四月にアリスと行った仮面舞踏会で出会ったんです。その後近くの丘で再開したので、時々お話ししていました。街へ遊びに行ったのは今日が初めてで……」
「なるほど、普段と格好が全然違うから一瞬見間違いかと思ったが……やっぱりそうか……」
父の表情がますます険しくなっていくけれど、なぜそこまで深刻そうなのかが全く分からず私は困惑していた。
「あの、お父様、どうかされたのですか……?」
「お前は彼の素性を知らないのか」
そう聞かれて彼は——と話し始めた私ははっと口をつぐんだ。
よく考えると、私は彼の好きな物や嫌いな物は知っているけれど、彼の身分や家族などについては何も知らなかった。
何も言えない私に、父は静かに告げた。
「どうやら知らないみたいだな。シャーロット、あの方は——」
——この国の第一王子だ。
ダイイチ、オウジ——?
はっきりと聞こえているはずなのに、意味がなかなか頭の中に入って来てくれない。自分の頭がそれを拒否しているかのように。
訳がわからず父の言葉を繰り返した私に父は言い聞かせる。
「そうだ。あの方はこのロゼリアの国王の長男だ。だから、お前が関わっていいような方ではない……」
しかし私の頭の中には先程教えられた衝撃の事実がぐるぐる回っていて、とても父が言ったことを受け入れられる余裕なんてなかった。
「嘘、でしょ……」
私はガタっと椅子から立ち上がり、そのままふらふらと居間を出た。
「シャーロット!」
母は出ていった娘を追おうとしたが父に止められた。
「……ちょっと言い方がきついんじゃないですか?」
娘を心配する母に、いいんだ、と父は首を振る。
「あの方にもし恋をしてしまったら、後で傷つくのはあの子なんだ——」
居間でそんな会話がされているとも知らず、私は自室に戻ってベッドにうつぶせになって倒れ込んだ。
今までジャックのことはどこかの貴族の息子だと勝手に思っていた。まさか王族で、しかも国王の息子だなんて——。
しかしよく考えてみると、思い当たる節はいくつかあった。彼は自分が貴族だとは一言も言っていないし、実は彼の素性に関する質問を何回かしたことはあるが、どれもなんとなくはぐらかされた気がしていた。しかし、それでも彼を王子だと断定することなんてできるはずがなかった。
(なんで教えてくれなかったんだろう……)
好きな人に大事なことを隠されていたショックが大きすぎて目に涙が溜まり、溢れ出した雫が布団を濡らした。
(あの人は、私が好きになっていいような人ではなかった——?)
王子ともなれば、王室で決められた相手と結婚して国王の位を継ぐのだろう。ただの男爵家の娘である私が彼と結ばれるなんてことは、きっとあり得ない。
「うう……」
涙は留まることを知らず、私は嗚咽を漏らした。
この恋を諦めなければならないことはわかっている。でも、できない。だって、諦めるにはこの恋心は大きくなりすぎてしまったから——。
涙が枯れるまで泣いた私は、ベッドに伏せたままいつの間にか眠っていた。
この日から私はあの木陰に行くのをやめた。
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