第10話 街へ2

「いや、今俺のあげたでしょ? だから次はシャーロットのもちょうだい?」


「ああ、そういうことね」


 そりゃ人に貰ったら自分も返さないとね、と思ってタルトの皿を差し出すと、そうじゃなくて、と彼は首を振る。


「今度は俺に食べさせて」


「!?」


 まさか彼が私に食べさせるだけでなく自分にも食べさせてと頼んでくるとは思っていなくて、まさかの事態に私はフリーズしそうになる。


「っ、自分で食べられないの?」


「食べられるけど、それじゃつまんないじゃん」


 何がつまらないのかはわからないけれど、彼に頼まれてしまうとやはり断れないのが私の悪いところだ。

 自分のフォークでタルトを切って、先程の彼のように彼の口に近づけていくと、彼は大きく口を開けた。いつもより幼く見えるその表情をかわいいなと思って愛おしくなる。それでも緊張が止まらなくて、フォークを持った手が少し震えてしまう。しかしどうにか彼の口にタルトを滑り込ませることに成功した。


「……ん、甘酸っぱい」


 口の端についたタルト生地を親指で取って舐める仕草は色っぽくて、口を開けていたときとのギャップにどうにかなってしまいそう。

 ここで私は重大な事実に気づいてしまう。


(もしかして私、間接キス、しちゃった!?)


 お互いが使っていたフォークでお互いが食べていたケーキを一口食べる行為には、紛れもなく間接キスが含まれる。自分たちのしたことをようやく知り、一瞬で顔に血が上った。


「シャーロット、どうしたの? 具合悪いの?」


 私の熱を測ろうと手を額に伸ばしてくる彼をなんとか止め、なんでもないですとごまかして私はタルトの残りを食べ始めた。




 カフェを出てからは再びウィンドウショッピングをしながら歩いた。洋服やアクセサリーのお店が増えてきて、ついつい目が留まってしまう。見たかったらお店に入っていいんだよと彼は言ってくれたけれど、彼を待たせてしまいそうだったのでやめておいた。

 あるアクセサリーのお店の前に差し掛かったとき、彼がここを見てもいい?と言った。花をモチーフにしたアクセサリーが売りのお店みたいで、私も興味があったのでいいよと答えて一緒に入った。


(洋服とか雑貨、アクセサリーって、見てるだけでわくわくするよね)


 かわいい物ばかりの空間でテンションを上げながらお店の商品を一通り見たところで、


「先に入り口のあたりで待っていてくれる?」


 と彼に言われたので、先にお店を出てガラスケースを眺める。


(誰かへのプレゼント? もしかして、お付き合いしている人が……?)


 彼が他の女性にアクセサリーをプレゼントしているところを想像するだけで胸が苦しくなる。もやもやした気持ちを抱えて五分ほど待つと、小さな紙袋を抱えて彼が出て来た。


「お待たせ。……もうすぐ帰る時間だね。広場まで送るよ」


 お手をどうぞ、お姫様、なんて言われたらドキドキしながらも笑ってしまって、ちょっと明るい気持ちで歩き出すことができた。

 広場に戻るとちょうど十七時を告げる鐘が鳴り始めた。いつものようにまた来週ねと言って別れるものだと思っていたら、彼にシャーロット、と名前を呼ばれた。


「これあげる」


 彼が差し出したのは、あのお店で彼が手に入れたはずの紙袋。


「これって、さっきの?」


 驚いて尋ねてみると、彼は少し恥ずかしそうに頷いた。


「今日の記念に何かあげたくて。……開けてみて」


 言われた通りに包みを開けてみると、中には細長い箱に入った金色のネックレス。金色の薔薇に青い宝石が一粒はまっていてとてもきれいだ。


「またシャーロットのイメージにぴったりなのを見つけたんだ。時々してくれるとうれしいな」


 目の前でふわりと微笑む彼が私のためにネックレスを選んでくれたと考えると胸が熱くなる。


「ありがとう。とってもうれしい。時々と言わず毎日つけるね」


 いつも私を幸せな気持ちにしてくれる彼に、私は一番の笑顔を返した。

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