第8話 彼と私の誕生日2

 約束の六月二十四日。

 昨日頑張って作ったケーキとカフェオレを慎重に運びながら丘を登っていると、もう少しのところで反対側からちょうど同じタイミングで登ってくるジャックが見えた。

 同時にオークの木に辿り着き、今日は同着だねと彼が言ったので、私は笑ってそうね、と返した。

 二人の定位置となっている場所に座ると私は隣にいる彼の顔を見た。ここに座るときはいつも自然と彼が左側で私が右側になっている。

 彼も私を見ている。彼の深緑色の瞳が私を映しだす。


「「誕生日おめでとう」」


 示し合わせたわけでもないのに言葉もタイミングもぴったり重なったので、私は思わず笑ってしまった。


「すごい偶然!」


 笑いながら言った私につられて彼も笑い出す。


「俺たち気が合うね」


 冗談かもしれないけれど、そう言われるとなんだかうれしくなる。


「今日はお祝いってことで、これ作ってみたの」


 私は手に持っていたバスケットを差し出した。そっと蓋を開けてみせると、彼は目を見開いた。


「すごい、これシャーロットが作ったの?」


 少し照れくさいなと思いながらうん、と頷くと、彼はまたすごいなあ、と言った。


「やっぱり誕生日っていったら苺のケーキかなと思って」


 今日は小さい皿とフォークを持参しているので、ケーキを一切れずつ皿に乗せて片方を彼に渡した。


「食べちゃうのがもったいないなあ。でもすごくおいしそう」


 いただきますと呟いてケーキに先の方にフォークを刺し、切り取った部分を器用にすくう彼。

 おいしくできているかな。喜んでくれるかな。

 彼の反応が気になって、私はフォークを握ったままケーキの一口目を口に運ぶ彼を見つめた。


「んー、おいしい!……って、何見てるの」


 見つめていたことがばれてしまったみたいで、彼は少し恥ずかしそうな表情で私を見た。


(そんな顔、初めて見た……!)


 思いがけない彼の様子に心臓を撃ち抜かれてしまった私はしどろもどろに言い訳をする。


「いや、だって、うまくできているかどうか、不安で……」


 すると彼はおもむろにフォークを皿の上に置いて、空いた右手で私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。


「そんな心配しなくても、シャーロットのお菓子はいつもおいしいよ。その中でも今日のが一番かな」


 いくらでも食べられそう、と笑う彼に、どうしようもなく胸が締め付けられるのを感じた。


 私、多分、この人のことが好き——。


 自分もケーキを食べようとするけれど、胸につっかえてしまってなかなか食べられない。

 それでもやっとのことで一切れ食べ終わると、先に食べ終わっていた彼は小さな箱を持っていた。青いリボンがかかった白い箱だ。

 彼は私が皿を下に置くまで待ってくれてから口を開いた。


「おいしいケーキをありがとう。これは、俺からのプレゼント」


(プレゼント!? ジャックが、私に!?)

 予想外の出来事に固まった私に微笑んで、彼はその箱を私に手渡した。


「開けてみて」


 言われるがままにリボンをほどいてみると、深い青色のリボンの髪飾りが入っていた。箱にかかっていたリボンと同じ色で、私が一番好きな色だ。


「かわいい……!」


 でもこんな物もらっていいのかしら、という遠慮の気持ちが生まれたところで再び彼が話し始めた。


「この前街で見かけて、あの舞踏会の日に君が身に着けていたドレスや薔薇の髪飾りと同じ色で、いいなって思ったんだ」


 それに、と彼は付け加える。


「――シャーロットの瞳の色と、同じだから」


「!?」


 いつになく真剣な目で見つめられて、私の心臓は破裂寸前。


「使ってくれる?」


 彼の瞳に捕らわれた私には、拒否権なんてない。もちろん彼からのプレゼントなら何を貰ってもうれしいのだけど。


「……は、はい」


 よかった、と花が咲いたように笑った彼は、あ、と小さく叫んだ。


「せっかくだから、今つけてもらおう」


 そう呟くと彼は私の手から髪飾りをそっと取った。


「えっ?」


 驚いているとむこうを向いてと言われたので従ったところ、後ろの髪が持ち上げられた感覚。ドキドキしながらしばらく待っていると、できたよ、という声が耳元で聞こえてビクッとしてしまった。


「ごめんごめん……うん、やっぱり似合ってる。これにしてよかった」


 どうやら彼は私の髪をハーフアップにして髪飾りで留めたようだ。自分では見えない場所だけど、満足そうな彼を見ていると私もうれしくなった。


「ありがとう。大事にするね」


 今まで両親や学校の友達にしか誕生日を祝ってもらったことがないので、こんな風に好きな人に祝ってもらえるなんて幸せだな、としみじみ思う。

 誕生日だけでなく、毎週この木陰に集まって二人でお喋りをする時間が、気づけば私にとってかけがえのない大切な時間になっていた。


 こんな時間が永遠に続いてくれたらいいのに——。




 しかし、その願いは早々に打ち砕かれることとなった。

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