第5話 陽だまりの再会
黒いズボンに紺色のシャツを合わせたシンプルな服装をちゃんと着こなした、爽やかな好青年だ。
(この方の綺麗な金色の髪に透き通った深緑色の瞳、見覚えがあるような——)
「やっぱり君、この前の舞踏会で会った子?」
青年が瞳をきらきらさせて尋ねてくる。
舞踏会? って、この前の仮面舞踏会……?
私は一週間前のことを思い出してあっ、と声を上げた。
「も、もしかして、あのときの……?」
そのとき急に強い風が吹いて、頭上の木の葉をザーッと揺らしていった。
——やっと、見つけた——。
「今、何かおっしゃいましたか?」
「ううん、何でもない」
青年に何かを笑ってごまかされたような気がしたが、それ以上深くは聞かないことにした。
「でも、どうして私だとわかったのですか?」
あの日は仮面をつけていたのに……と不思議に思っていると、私の心の声が聞こえたかのように青年がふっと笑った。
「その綺麗な栗色の髪と青色の瞳でわかったよ。それに、かわいい声は仮面じゃごまかせない」
急にかわいいと言われて、私は勝手に顔が赤くなるのを感じた。
(なんでそういうことがさらっと言えるの?)
「君のお名前を聞いてもいいかな?」
そういえばまだ名乗っていなかったことを思い出し、私は思わず背筋を伸ばした。
「は、はい! 私はシャーロットです! 東区のエヴァンズ男爵家の長女です!」
「そこまでかしこまらなくてもいいよ。俺のことはジャックって呼んで」
「……はい」
ジャックと名乗った青年にくすりと笑われた。私の顔はきっとさらに赤くなっているなと考えるととても恥ずかしい。
「それにしても本当にフルートが上手なんだね。しっかり息が入っているし、高音も耳に刺さる音じゃなくて柔らかい。ずっと聞いていたいな」
どうしてこの方は、私を照れさせるようなことばかり言うのかしら。
「お詳しいのですね」
私は昔から褒められるのが苦手なので、無難だと思われる返事をしておいた。素直に認めてしまうと私は自分が上手だと思っていると誤解されそうで、かといって謙遜しすぎるのもどうかと思ってしまうからだ。
「小さい頃からいろいろと習わされたからね」
大変だったよ、というように彼は苦笑した。
ジャック様ってどういう人なのかしら。どのあたりに住んでいらっしゃるのかしら。
いろいろと気になることがあって私は口を開いた。
「ジャック様は——」
「このりんごは何に使うの?」
話し始めるタイミングが重なってしまい、私は口をつぐんだ。
「あ、ごめんね……」
「いえ……」
二人の間に気まずい空気が流れたので、それを打ち消そうと慌てて彼の質問に答えた。
「今度、アップルパイを作ろうと思っているんです」
「アップルパイ?」
「はい。私りんごが好きなんです。それに、私がアップルパイを作ると両親が喜んでくれるので」
「そうなんだ」
アップルパイかあ……と呟いたジャック様は、私が予想もしなかったことを口にした。
「俺もそのアップルパイ食べたいなあ」
「へっ!?」
私は思わず変な声を出してしまって、両手で口元を抑えた。
「……私の、ですか?」
「うん。だめかな……?」
舞踏会のときと同じ深緑色の瞳で見つめられるとなぜか断れなくて、私は今にも消えそうな声ではい、と返事をした。
「わ、私ので、良ければ——」
「本当に? うれしいなあ」
返事を聞いて瞳を輝かせて喜ぶ彼を見ると、つい私まで笑顔になってしまう。
「いつ作るの?」
「ええと、りんごや卵があまりもたないので、さっそく今日作ってしまいましょうか……」
特に決めていなかったので少し考えてみたけれど、せっかくだし早めに作ることにした。
「じゃあ、明日のこの時間にまたここに来たらいい?」
うれしそうな声で無邪気にそう言った彼は、あ、と何かに気づいたように声を上げた。
「もしかして、明日は予定があったりする?」
今までずっと大人っぽい印象だったけれど少し子供っぽい一面を見せた彼に、ふふっと笑ってしまった。
「いえ、この時間は何もないですよ」
すると彼はよかった、とほっとした表情を浮かべた。
「楽しみにしてるね」
と彼が言ったところで、東区の中央広場から十六時を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「もうこんな時間か。そろそろ行かなきゃ……じゃあ明日は十五時に来るね」
ふわりと笑った彼また明日ね、と言って木の後ろへと歩いて行った。この東区の中心部の方向だ。
ジャック様の姿が見えなくなっても彼の笑顔がずっと頭から消えなくて、私はその場に佇んでいた。
(あんな整った顔で微笑まれたら、誰だってドキッとしてしまうわ……)
前回会ったときは夜だったけれど今日は日中だったから、緑色の瞳がさらに透き通っていてきれいだったな……なんて考えていたらしばらくぼーっとしていたみたいで、空から下りてきた一羽の小鳥が視界に入ってきたのではっと我に返った。日が傾き始め、空は昼間の空色と夕方のオレンジ色の間のような色をしている。
「そろそろ帰らなきゃ」
一人で呟いて木の根元に置いた荷物を手に持った。
(明日も、ジャック様に会える……)
そう思ってから、自分が彼に会えることを心待ちにしていることに気づき、また顔が熱くなる。
「私、なんてこと考えてるのかしら」
でもせっかく両親やアリス以外にも食べてもらえるのだから、今まででおいしいアップルパイを作らなきゃ、と意気込んで私は帰路についた。
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