第4話 丘の木陰で

「りんごにバター、卵……小麦粉は家にあるから、これくらいでいいかしら」


 舞踏会から一週間ほど経った火曜日の午後。私は街で買い物をしていた。

 ロゼリアの王都は、四つの区と先週あの舞踏会が開かれた城が建っている中心部で成り立っていて、私が住んでいるエヴァンズ男爵家はその中の東区にある。爵位が高い貴族ほど中心部に近い方に家を持っている傾向があり、エヴァンズ家も中心から少しだけ外れた丘の麓に家を建てているが、これはこの傾向に沿っているというより、両親が建物よりも自然に近い場所で生活したいと考えていたからだという。ちなみにアリスの父親であるキャロル伯爵も、仲が良いエヴァンズ男爵の家の近くに住みたいと考えてエヴァンズ家の二軒隣に家を建てていた。

 中心部はとても広く、その中でも一番真ん中にあるのが国王をはじめとする王族が住む城で、その裏には国軍の設備や兵士たちの宿舎、訓練場がある。城の周りには国の主要な会議場などが立ち並び、さらにその周りにはいろいろな店が集まっているので、王都に住むほとんどの人が定期的に買い物をしに中心部へ集まる。私の家も例外ではない。

 貴族の中ではあまり大したことのない私の家にも使用人さんがいるので、本当は買い物も頼めばしてもらえるけれど、お菓子作りの材料だけは自分で選びたいと思って時々中心部の街まで出ていく。


(お菓子作りって、材料を選ぶときからわくわくするのよね)


 今日も今度作ろうと思っているアップルパイの材料を買いに行き、最後の果物屋さんでの買い物が終わったので家の近くまで戻り、丘の上のオークの木に向かった。最近天気がいい日が続いていて、今も涼しそうな木陰が出来ている。木の根元に荷物を置き、買い物の袋とは別に肩にかけていた細長いバッグのようなものを開くと、中には私が十歳の頃から習い事で使っているフルートが入っている。本当はフルートを屋外で吹くのはあまりよくないのだが、木陰ならいいよね、と思ってこの場所で好きな曲を演奏するのが密かな楽しみになっている。

 いつものように軽く基礎練習をした後、一番お気に入りのゆったりした曲を吹いた。美しいのにどこか悲しげな旋律が大好きな曲だ。穏やかな風が吹いているので、高く澄んだ音が遠くへ運ばれていく。

 一曲吹き終わるとそっとフルートを下ろした。


「音が遠くまで響いている感じがするわ。調子がいいみたい」


「うん、とても綺麗な音色だね」


「ひゃあ!?」


 自分一人しかいないと思っていたのに背後から声が聞こえてきて、私は文字通り飛び上がった。もう少しでフルートを取り落とすところだった。


「ごめんごめん、驚かせちゃったね」


 そう言ってオークの木の後ろから青年が一人出て来た。

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