第3話 仮面舞踏会2
戻らなきゃ、と思うのに、綺麗な瞳に囚われて足が動かない。
「そういえば、こんなところには誰も来ないと思って仮面を外していたんだった」
椅子から立ち上がった青年は、懐から取り出した仮面をつけながらゆっくりと歩み寄ってくる。
初対面の男性が近づいてくるのに不思議と怖い感じはしない。ただ、自分の心臓の音がよく聞こえる気がする。
そのまますぐ近くまで来た彼はそっと跪き、私の左手をとった。いつの間にか彼が目の前にいたことと触れられた手に気づきはっとする。
「お姫様、私と踊っていただけませんか?」
そう言って優しく微笑んだ彼は少しいたずらっぽい目をしていた。
(ど、どうしよう……)
今までの誘いは相手の顔をろくに見ずに全部断ってきたが、この青年からの誘いは断れないというか断りたくないというか、自分でもよくわからない気持ちになって、迷った挙句了承することにした。
「……は、はい……」
ダンスを申し込まれただけなのになぜかすごくドキドキして、声が掠れてしまった。
「ありがとう」
青年はお礼を言うと、今度は私の右手をとって、自分の右手を私の腰にまわした。
(こ、腰に手が……!)
心臓がまた飛び跳ねた。
抱き寄せられたので体が密着して、そこだけ熱を帯びたように感じる。
青年がワルツのステップを踏み始めたので、私も恐る恐る男性の右腕を左手で掴み、足を踏み出した。
いままでに男性とダンスをしたことは何度かあるけれど、この方が一番うまいわ、と私は思った。私のことを優しくリードしながら滑らかに動いている。
私より頭一個分身長の高い青年の顔をちらりと見上げると、仮面の奥の瞳と目が合い、ふわりと笑顔が咲いた。ドキッとして思わず目を逸らしてしまう。
「もっと君の綺麗な顔を見せて」
なんてことを言うのかしら、と思う。余裕がどんどんなくなっていくのが自分でもわかる。
「は、恥ずかしいですわ……」
たくさんの薔薇に囲まれた庭園で、まるで私たちのためだけの音楽が流れているかのように私たちは踊った。ちょうど今夜は満月のようで、優しい月明かりに照らされた本当に美しい今宵限りのダンスフロアがそこにあった。
ちょうどワルツ一曲分だろうか、とても長いようであっという間だった時間が過ぎ、優雅に動きを止めた彼はそっと体を離した。
「そろそろ会もお開きになる頃だね」
「……そうですね」
なんだか名残惜しいように感じてしまったのが顔に出ていたのだろうか、青年が再び跪いて私の手をとり、手の甲にそっと口づけを落とした。
「またいつか会えるよ」
「!?」
私はずっと青年の動作や言葉に翻弄されているのに、彼はずっと涼しげな顔で、私の反応を楽しんでいるようにも感じる。
「俺はもう少しゆっくりしてから行くよ。もう四月とはいえど夜は冷えるから、君は先に戻るといいよ」
「はい……」
立ち上がった青年は不意に私の頭をそっと撫でた。
(——!?)
またしても驚かされた私をよそに、彼はおやすみ、と手を振った。
「……おやすみなさい」
青年に背を向けて歩き出したとき、また今度、という微かな声が聞こえた気がしたが、気のせいだわ、と思って来た道を戻り始めた。
さっきまでの出来事はまるで夢のようで、でも彼が触れたところがまだ熱いような気がする。
どこの誰かもわからないような青年だったけれど、「また会える」という彼の言葉はそう遠くないうちに現実になるような気がしてならなかった。
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