メモ2

胆鼠海静

電車内で拠れたコートを、ソファに投げ出し、金属的な擦過音と共に缶の蓋を開けながらウィンドウを開く。視界に浮き上がってくる香水のようなネーミングを持ったアイコンをしばらくなぞった後、有料であることを告げる表示に一瞬躊躇し、再度決意を固めて、一つを選んで適用する。ストレスシンセは、身体に流れるナノボット制御用アプリケーションだ。疲労がなくなるわけではないが、疲労の配分を、調整することはできる。どの疲労分布が健康的な睡眠を保障してくれるかは、個人差があるので、専用のプラットフォームを通じて、自分の体に合うと思う分布を選び、「試着」してみる。うまい選択を行うと体を流れる心地好い疲れの階和を楽しみながら、眠りにつくことができる。近頃は、顧客の体に合わせた疲労分布の提供を生業とするソムリエもいるそうだ。毎日、数万のオーダーで、それぞれの人が望む「疲れの形」が、プラットフォーム内に雪崩れ込んでいく。それを思いながら、私は購入品に幾つかアレンジを加え、その流れの中に身を委ねながら、目を閉じる。

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