Ⅸ 旅立ちの時 (1)
翌日、慈悲と博愛を旨とするプロフェシア教の教えに則り、たとえ悪逆非道な〝悪魔憑き〟事件の真犯人だったとしても、グランシア院長の葬儀が修道女全員参列のもとに執り行われ、彼女が悪魔の犠牲とした修道女達と同様、裏の墓地の新しい墓へ埋葬された。
それでも、やはり皆、本心では彼女の冥福など望んではおらず、埋葬が終わればさっさと院内へ引き上げて行き、後にはハーソンとアウグスト、それにメデイアの、修道院にとっては
「――修道院、これからどうなっちゃうんでしょう? まさか、解体されちゃうとか?」
真新しい白木の標柱の前に跪き、その真っ白い表面をぼんやりと紫の瞳で見つめながら、呟くようにしてメデイアが尋ねる。
「どうもしないさ。上には君のこと以外、すべてを正直に報告するつもりだが、一連の〝悪魔憑き〟はグランシア院長単独の仕業だった。他の者に罪はない。それに、あの見事な薔薇の庭をこんなことで野に帰すのはなんともおしいからな」
その傍らに立つハーソンは、若草が目に眩しい墓地全体をぐるりと見回しながらそう答える。
あの、やむなくハーソンとアウグストが斬り刻んだ修道女達も土の下に埋め戻され、よく見れば院長のものの他、6つの墓の前だけは草がめくれて黒い土が見えている。
「きっと、新しい修道院長が中央から派遣されて、皆、またもとのように暮らしていくんだろう。今は事件のショックが大きいだろうが、なに、すぐに忘れるさ。俺はこの修道院の中を世間の縮図のように思っているが、世間というやつは熱しやすいとともに、驚くほどに冷めやすくもある」
「……エルマーナ・グランシアは、死ぬ間際に〝魔女になればよかった〟と言っていました……かたや、わたしはその逆に、魔女をやめて修道女になろうといたしました……人生、いったい何が正しい選択なんでしょうね?」
彼の言う通りであるならば、あれだけのことを犯しておいてもやがては忘れ去られてしまうという、あの哀れにすら感じられるグランシア院長の最期を思い浮かべながら、ずっと心に引っかかっていたそのことをメデイアは思い切ってハーソンに訊いた。
「さあな。それこそ神のみぞ知るだ……」
その哲学的な問いかけに対し、なおも周囲の景色を眺めているハーソンはあまり関心のなさそうな体でそう答える。
「ただ一つ言えることは、人間、誰しも〝ないものねだり〟なんだろう……魔術の道に生きたいと思ったグランシア院長は、女の魔法修士がいない教会内で魔女に憧れ、反対に魔女として迫害を受けてきた君は、迫害されない神に仕える道を夢見て修道女となった……とかく人は知らない世界に夢を抱く。それが本当に自分に合っているのか合ってないのか、幸福になれる道なのかそうでないのか、それは実際にやってみなければわからないからな」
だが、関心なさそうにしながらも、続けて彼は真摯にそんな自分の考えもつけ加えてくれる。
「ないものねだり……ですか……ハーソン様も、何か〝ないものねだり〟のことはあるんですか? 騎士をやめて、何かなってみたいものとか?」
その言葉を噛みしめるように呟いたメデイアは、ふと思ったその疑問をなんとはなしにハーソンに尋ねてみる
「……ん? 俺か? いや、特にない。騎士が天職だと思っている。退屈な宮仕えは嫌いだが、俺の場合、こうしてあちこち旅もできるしな」
「………………」
迷うこともなくそう即答したハーソンの顔を、メデイアは目を細めて死んだ魚のような眼差しで見つめる。
「……なんだ、その眼は?」
「……いえ、なんかつまらないなあと思いまして」
悪意あるその眼にハーソンも眼を細めて尋ねると、メデイアは本当につまらなそうな顔でそう答える。
「アーハハハハハ…! なあ? つまらないと思うだろう? それがこの帝国一の騎士、
すると、彼のとなりにいたアウグストが、二人のそんなやりとりにウケて、なんともおかしそうに腹を抱えて笑い声をあげた。
「…フフ……ウフフ……アハハハハハ…」
つられてメデイアも、これまで見せたこともないような満面の笑みをその顔に浮かべ、いたく愉しそうに声をあげて笑ってみせる。
「なんだ? 何がそんなにおかしい? 俺は何か変なことを言ったか?」
天才気質ゆえの難点か、独り理解のできないちょっと天然も入っていたりするハーソンだけが、怪訝そうに眉根を「ハ」の字にしていた。
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