Ⅸ 旅立ちの時 (2)

「……さて、葬儀も終わったことだし、我らはそろそろここを発とうと思うが、君はこれからどうする? エルマーナ・メデイア」


 ひとしきり二人が笑って静かになると、それを待っていたかのようにハーソンが切り出す。


「どうしましょうかねえ……魔女であったことが知られて、わたしももうここにはいられなくなってしまいましたし、それ以前にけっきょく魔女であることを捨てきれませんでしたからねえ……また、ロマンジップに戻って占い師でもして暮らしますかねえ……」


 その現実的な質問に、まだはっきりしたことを決めていなかったメデイアは、膝に肘をついて顎を乗せると、ぼんやり宙を見つめながら、なんとなく考えられる道をそう答える。


「行く当てがないのなら、我が白金の羊角騎士団へ入団するというのはどうだ? ちょうど専属の魔法修士的な人材がほしいと思っていたところだ。それに、君のその弓の腕もなかなかに見どころがある」


「…………え?」


 ところが、思いがけない言葉を返してくるハーソンに、メデイアは一拍の間を置いてから、唖然と目を丸くしてしまう。


「え! え! だって、わたし女ですよ? いえ、そえ以前に魔女です! そんな異端の者が伝統ある羊角騎士団に入れるわけないじゃないですか!?」


 一瞬、そんな分不相応な夢を妄想してしまったが、それがどれほど非現実的なことであるかをすぐに思い出し、勢いよく立ち上がると手をバタバタとさせながら首を横に振る。


「なに、人事権は団長の俺にあるから問題ない。老若男女を問わず、広く優秀な人材を集めるつもりだ。君ほどの魔術に長けた魔女であるならばなおのこと。昨夜のあの悪魔との駆け引き、そこらの魔法修士ではとてもできぬ芸当だろう」


 しかし、ただのリップサービスか、田舎者の自分をからかっているだけかと思いきや、どうやら彼は本気でそんなことを言っているらしい……いや、クソ真面目な彼が、そうしたことを嘘や冗談で言う方がむしろありえない。


「で、ですが、魔女が団員の中にいるなどと世間に知られれば、団長としてのお立場が……わたしの顔はその……エルドラニア人の中では目立ってしまいますし……」


「別にかまわん。他のやつらも似たか寄ったかの異端児ばかりだし、俺なんか異教由来の魔法剣を堂々と腰に下げている。異国出身の者も多いぞ? それでも気になるというのであれば、普段はまさに占い師の如く薄衣ベールを顔にかけていればいい。うちは制服も意外と自由がきくからな。なんなら、その修道女服を着ていてもいいぞ?」


 それでも現実的な障害を考えて否定的な態度をとるメデイアであるが、エルドラニアの誇る伝統的な騎士団とはとえも思えない、ありえないような内実を示してハーソンはなおも彼女を勧誘する。


「もっとも、君にその意思があればの話だがな。強制はしない。ま、気が向いたら王都マジョリアーナにある騎士団の本部を訪ねてみてくれ。しばらくは団員探しの旅に出ていて留守をしてると思うが、来ればわかるように手配しておこう……それでは、良い返事を期待している」


「それじゃ、ごきげんよう。エルマーナ・メデイア」


 そして、急転直下のその話に呆然と立ち尽くすメデイアにそう告げると、別れの挨拶をするアウグストとともに、ハーソンはいたくあっさりとその場から立ち去って行く。


 ……伝統と格式ある帝国有数の騎士団の魔術担当団員……魔女でもなく、修道女でもなく、自分のアイデンティティともいえる魔術を公に使っても許される存在……そんな道があるなんて思いもしなかった……。


 ……うまくいくかはわからない……グランシア院長と同じように、それはただのないものねだりなのかもしれない……でも、もしかしたらそこに、本当の自分の居場所があるのかもしれないし、少なくとも自分を救ってくれたハーソンに恩返しをすることができる……。


 どうせ、一度は火炙り寸前にまでなった身だ。もう捨てるものなんか何もないじゃないか!


「……あ! ま、待ってください、ハーソンさま~! いいえ、ハーソン団長~っ!」


 なんだか、まるで厄が落ちたかのようなさっぱりとした顔になったメデイアは、ハーソンの名前を大声でそう呼び直すと、先を行く彼らの後を追って自らもその足で歩き出した――。


(Le Jardin de la sorciere ~魔女の庭~ 了)

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Le Jardin de la sorciere ~魔女の庭~ 平中なごん @HiranakaNagon

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