Ⅷ 冥界の巫女(2)

「刈除公フルカス! 冥界の女神ヘカテーの名代として、あなたを糾弾します! あなたは世界の理に対して重大な違反を犯しています!」


 悪魔がこちらに興味を示したことがわかると、メデイアはその機を逃さず一気に攻勢をかける。


「……ナニ?」


 人間に…しかも、メデイアのような典礼魔術のベテラン魔術師でもない小娘に言わわれるとは思わなかったその意外な一言、フルカスは怪訝な顔をして馬上から赤い眼で彼女のことを見下す。


「自らの意思で魂を差し出すと契約したものの魂をとる……これは悪魔の正当なルールであり、それはいいでしょう。ですが、あなたのやってることは違います! あなたは本人の意思を確認することもなく、他人との契約の条件として、6人もの無関係な人間の魂を対価にもらい受けました。これは明白な悪魔の規約違反です!」


 だが、燃える火のような恐ろしい眼で睨まれようともけしてひるまず、メデイアはさらに鍋蓋のペンタクルを突きつけると、堂々とした態度で悪魔の罪を告発する。


「ガハハハ…ワカッテナイナ、オ嬢チャン。俺ハ〝修道女タチノ魂ヲ貰イ受ケル〟トイウ願イヲ受ケテ、ソレヲカナエテヤッタダケダ。別ニ願イヲカナエルタメノ対価トシテ頂イタワケジャナイ」


 無論、そこは策士のグランシアと結託して旨い汁を吸おうとする悪魔、彼女と同じ論理を捏ねくり回して、あくまで恍けようとすのだったが……。


「おだまりなさい! それはただの詭弁です! インチキです! 屁理屈です! 悪質な法逃れです! そんなものがまかり通ると思っているのですか!?」


 メデイアは引き下がらない。いや、むしろ口調をより強くして、斬られたらその奴隷になる大鎌を携えた、恐ろしい悪魔相手にその有罪を高らかに宣告する。


「死者の魂は冥界を司る女神ヘカテーの支配する領分……そこでこんなルール違反を犯したあなたを、けしてヘカテーは許しておきませんよ! いいえ、悪魔の契約における規約を破ったのですから、あなた達の王、皇帝ルシフェルもこのままには捨て置かないでしょう!」


「イ、イヤ、ソレハ……」


 予想外のメデイアの剣幕と彼女の口から出た自分達の王の名に、恍けてやり過ごそうとしていたフルカスもたじろぎ始める。


「即刻、あの哀れな奴隷達を開放し、彼女達の魂を自由にしなさい! さもなくば、これから毎日、女神ヘカテーへの祈りの儀式で、洗いざらいあなたの罪を訴えてやります! いえ、それに加えて魔王ルシフェルをはじめとする地獄の三大支配悪魔か次席の上級六悪魔を召喚し、あなたの重大規約違反を報告させていただきます!」


「チョ、チョット待ッテクレ! ヘカテーノ巫女ヨ! インチキナノハ認メルガ、俺ノ話モ聞イテクレ!」


 自らの上司達と、地獄の王サタンにも比肩する冥界の女神にチクると脅され、呆気なくもフルカスはメデイアの前に屈した。


 自分の魔術に絶対の自信を持つグランシアは、メデイアのことを大いに見誤っていた……魔導書による召喚魔術こそまだまだ素人ではあるものの、彼女は生まれながらの本物の魔女。片手間に魔術を習得したグランシアなんかよりも、むしろはるかにプロフェッショナルな、筋金入りの魔術師・・・なのである。


 しかも、グランシアにしてみればさらに不都合なことにも、このメデイアという修道女は他の何者でもない……〝死者の魂〟に大きく関連する〝冥界〟の女神ヘカテーに仕える魔女なのだ。


「俺ニモ悪魔トシテノ立場ッテモンガアル。アノ強欲女ハワカッチャイナイガ、ココノ修道院長ニナルノダッテ、俺ノ力ナシジャマズ無理ダッタ出世ダシ、アアシテ奴隷ヲ貸シ与タリ、強力ナ魔力ヲ授ケテヤッタリシテイル。ナノニ、魂ノ対価モナシニ、ソンナ大盤振ル舞イシタトワカッタラ、俺ハ悪魔界デイイ笑イ者ダ。ソレモ、ヨリニヨッテ、神二仕エル修道女ナンカニヨウ……今後ハモウ、アノ女トキッパリ手ヲ切ルカラ、ソレデ勘弁ハシテモラエネエカイ?」


 膝を屈した悪魔フルカスは、情けない顔をして今度は泣きに出る。


「いいえ。修道女達の魂の解放は絶対条件です。でもまあ、確かにあなたの立場もわからなくはありません……いいでしょう。では、こういのはどうですか?」


 すると、魔女として一流のメデイアは条件を曲げることはしないながらも、けして高圧的な態度をとることなく、悪魔も納得するような提案も新たに加えてみせる。


「別に特別なことじゃないわ。悪魔との契約において、悪魔が対価として最も欲しがるものは何?」


「最モ欲シイモノ?」


 謎かけのようなメデイアの質問に、フルカスは怪訝な顔で小首を傾げる。


「それは、術者の魂じゃなくて? 悪魔が最善とする契約の形は、召喚した術者の願いをかなえる代わりに、その魂を対価としてもらい受けること……でしょ? ま、この場合も本人の了承ないけど、ここまで悪魔にしてもらっておいて、今さら嫌だっていうのも虫のいい話でしょう。女神ヘカテーや魔王ルシフェルも納得してくれるわ」


「……ナルホド。ソウイウコトカ……確カニソレナラ、俺ノ面目モ一応ハ立ツ……イイダロウ。ソレデ手ヲ打トウ」


 まるで、悪戯っ子が悪だくみをするような笑みを浮かべ、そう謎かけの答えを告げるメデイアに、フルカスもそれを聞くと、すべてを理解して了承した。


「ダガ、問題ガ一ツアル。アンタモ知ッテノ通リ、ソノ〝シジル〟ニ俺達ハ弱イ。アノ大鎌ガアル限リ、ヤツニ手ヲ出スコトハデキンゾ」


 しかし、了承はしながらも、フルカスはメデイアの手にする鍋の蓋・・・を指し示すと、困った顔でそんな難題を指摘する。


「ああ、それなら心配いらないわ。それなら、あの方がきっとなんとかしてくれます……あの、わたしを絶望の淵から救い出してくれた、エルドラニア帝国最強の聖騎士パラディン様が……」


 ところが、今度はどこか恋をする乙女のように幸せそうな笑顔を見せると、死体とグランシア院長相手になおも剣を振るうハーソンの方を見つめ、何も問題はないというようにそう答えるのだった。

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