Ⅷ 冥界の巫女(1)
「――こいつらはけして死なん! いや、もうすでに死んでいる! 致命傷を与えるより、手足を斬り飛ばして力を削ぐことを考えろ!」
「ハッ! 死体と戦うのは初めてですが、なんとも厄介極まりない相手ですな!」
薄気味悪い夕闇と冷たい月の光に満たされた墓地という名の戦場で、ハーソンはフラガラッハとスティングを両手に、アウグストはブロードソードを片手に握りしめ、いくら斬っても向かって来る
「おとなしくこの鎌に斬られれば、あんたも
「いや、そいつは遠慮させていただこう。骨まで見える露出度高めのスタイルは趣味じゃないんでね!」
また、自ら乱戦に参加し、大鎌を振り回しては連続攻撃を仕掛けてくるグランシア院長とも刃を交え、冗談を交えながらもハーソンはその凶刃を魔法剣で払い除け続ける。
一方、そうして二人が院長とその奴隷達を引きつけている間に、本来の魔女の顔に戻ったメデイアは、ある魔術の儀式にとりかかっていた。
半透明をした馬に乗る髭の老人と真正面から相対する場所で、腰に差した黒檀の柄の魔女の短剣〝アセイミ〟を引き抜くと、それを使って地面に大きな円と、その中に納まる五芒星を素早く描く……魔女の使う、簡単な魔法円である。
続いて、肩掛け鞄から香炉を取り出してその魔法円の上に置き、その中へ炭、乳香、アロエ、マスチック(※漆)の粉末を入れ、火打石で火を点けて香を焚く。
なにやら甘ったるい煙がもうもうと立ち昇る中、そうして魔法円を聖別している間にも時間を無駄にせず、今度は台所から拝借してきた木の鍋の蓋を取り出すと『ゲーティア』のページを捲り、見つけたフルカスのシジルを木炭の欠片を使ってその鍋蓋にすらすらと描いてゆく……。
「エルマーナ・メデイア!? その妙に慣れた手順……あの女、まさか本当に魔女だったのか!?」
その煙に気づいてメデイアの方を覗うと、今さらではあるが彼女にしてみれば初めて知る〝嘘から出たまこと〟的なその新事実に、さすがのグランシア院長も大鎌を振る手を止めて驚愕の表情を浮かべている。
「何をする気だい? まさか、わたしと魔術勝負をしようってんじゃないでしょうねえ? アハハハハ…無駄なことはやめときな、小娘! わたしがどれだけフルカスに対価を払ってきたと思ってるんだい。たとえ高名な魔法修士だって、フルカスを寝返らすことはできないよ!」
しかし、長年の悪魔との関係からか、彼女はまるで問題視することはなく、人畜無害とばかりにメデイアを放置すると再びハーソンへ向かってゆく。
「これでよしと……正直、専門外だけでど、一応、わたしも一通り魔導書の召喚魔術は習ったことあるし、魔女の術と組み合あせればなんとか……」
そのグランシアの慢心が幸いし、邪魔されることなく即席の〝ペンタクル〟と呼ばれる魔術武器を作り終えたメデイアは、それを香炉の煙で燻してやはり聖別を施すと、魔法円の上に立っていよいよ儀式を始める……。
「スー……霊よ! ソロモン王が72柱の悪魔序列50番・刈除公フルカスよ! 月と魔術と冥府を司りし偉大なる女神ヘカテーの名によって、我は汝に命ずる!」
大きく一回、息を吸い込むと、左の手に持つ即席ペンタクルを眼前の悪魔へ突きつけ、弓形の
だが、その呪文は一般に使われる召喚魔術のそれとは少々違っている。特に異なるのは、普通、〝唯一の神〟の権威を借りてその名で呪文を唱えるところ、こちらは魔女である彼女が崇拝するヘカテー女神になっていることだ。
「霊よ! 我は再度、汝に命じる! 冥界において最も力あるヘカテーの名を用いて! 刈除公フルカスよ! 我は汝らに強く命じ、絶え間なく強制する! 女神ヘカテーの名において、我が命を聞き届けよ! 炎の被造物よ! さもなくば汝は永遠に呪われ、ののしられ、責め苛まれん!」
さらにメデイアは今の〝通常の呪文〟に続き、俗に〝さらに強力な召喚
「ヘカテー……冥界ヲ統ベル女神ノ巫女カ……」
すると、〝ヘカテー女神〟の名に、例のしわがれた声を発して悪魔が反応をしめした。
神、天使、悪魔、精霊……様々な名で呼ばれているが、それは人間が勝手に考え出して分類したカテゴリであり、この世界を動かしている様々な〝力〟を具現化した霊的存在である彼らにしてみれば、皆、同質の仲間のようなものなのである。
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