Ⅶ 屍鬼の夜宴(3)
「うぅぅ……だ、誰だっ!?」
痛みに顔を歪めながら、グランシア院長は矢の飛んできた方向を血走った猛禽のような眼で鋭く睨みつける。
「メデイアぁっ! 貴様の仕業かあっ!?」
すると、少し離れた修道院に近い墓地の入口には、弓形の
その背には矢を何本か入れた矢筒を背負い、肩掛けの古い鞄を下げ、腰紐には黒い柄のナイフも差している。
「うぐうぅぅ…!」
「ぐぉぉぉぉ…!」
さらにメデイアは文字通り矢継ぎ早に矢を番え、異様に優れた腕前でハーソンにまとわりつく死体達へ見事矢を命中させてゆく……矢の刺さった死体達はそれまでと違い、なぜか苦しそうにもがき喘ぐと、彼の体から離れていく。
「団長~っ! ご無事ですか~っ! ………ひっ! なんですか? この気色の悪い者達は!?」
また、大声を張り上げながらアウグストもその場へ駆けつけ、腰のブロードソード(※レイピアよりは幅広の戦用の剣)を引き抜くと、怖がりつつも振り回して死体達を追い払う。
「フゥ…命拾いをしたな……ああ、アウグスト。そういえば、おまえもいたことをすっかり忘れていた」
「ええ~! それはひどいですな。半狂乱の彼女達を礼拝堂に入れるのに、こちらはこちらでけっこう大変だったのですぞ?」
ようやく解放されたハーソンは、駆けつけたアウグストを見て本当に忘れていたような表情を浮かべ、そんな上司の態度にアウグストは眉根を寄せて悲しい顔をする。
「ハーソン様! お怪我はございませんか!?」
「ずいぶんといい弓の腕をしているな。それにあの死体達の様子……ただの矢ではないな?」
続いてメデイアも傍に走り寄ってハーソンの身を案じると、なぜか彼女を恐れるように近づこうとしない死体達を見て、手足に負った怪我は後回しに彼も逆に尋ね返した。
「…え? ……ああ、はい。わたしの一族が崇拝するヘカテー女神は、月の女神ディアーナとも同一視されるのですが、彼女は狩猟を司る女神でもあるので、わたしの
思いがけないその質問に、一瞬、ポカンとした顔を見せるも、メデイアはすぐにすらすらと、手にした弓を見せながらそう答える。
「なるほど。あの悪魔フルカスの奴隷達には、
「ハーソン様、院長の持っていた魔導書をお貸しくださいませんか? わたしに考えがあります」
感心するハーソンに、メデイアは不意に畏まると、強い意志をその瞳に秘めてそう頼みごとをする。
「それから少しの間、院長とあの哀れな死体達を引きつけておいてほしいのです」
「…………よし、乗った。我らの命、君に託そう。なにぶん、こちらも手詰まりだったのでな」
そんなメデイアの紫の瞳をじっと見つめ返すと、ハーソンはそう言って不敵な笑みを浮かべ、懐から取り出した『ゲーティア』を彼女に手渡した。
「ありがとございます! わたしの命もハーソン様達にお預けいたします!」
何も言わずとも、自分を信じてもらえたことがなんともうれしく、メデイアも場違いな笑顔を思わず浮かべると、受け取った魔導書を小脇に抱えて、悪魔フルカスの顕現した物置小屋の前へと走ってゆく。
「さあ、アウグスト、我らの騎士道の見せ所だ!
その小さいながらも頼もしい背中を見送り、手足に負った傷の痛みを奥歯を噛んで堪えながら、赤い血と泥に白い
「了解いたしました。修道女の死体相手など正直ぞっとしないですが、白金の羊角騎士団の力、存分に御覧いただきましょうぞ」
それを受け、アウグストも表情を険しくするとブロードソードを構え直し、ずいぶん肉と骨の露出度が高くなった
「…痛っっ……フン! 一人や二人増えても同じこと。三人まとめてフルカスの贄にしてくれるわ。フルカス! わたしの傷の痛みを消せ! 何をしているの姉妹達! とっととあいつらを押さえつけなさい!」
一方、グランシア院長も腕に刺さった矢を引き抜くと、その痛みを感じなくさせるようフルカスに命じ、ハシバミの矢にひるんだ死体達を叱咤して再びけしかけてくる。
気づけばすっかり日も沈み、
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