Ⅶ 屍鬼の夜宴 (2)

「死体とはいえ、修道女を斬るのはなんとも忍びないが……とりあえず、一瞬でもこいつらさえなんとかすれば……フラガラッハ!」


 対して瞬時に勝利への方程式を見定めると、ハーソンは手にした魔法剣を思いっきり横薙ぎに放り投げる。

 

 すると、それはシュルシュル…と高速で回転しながら弧を描くようにハーソンの周りを独りでに飛び回り、襲いかかろうとする死体達を一瞬の内に次々と連続で斬り裂く。


「ギャアッ…!」


 斬られた修道女の死体達は奇妙な呻き声をあげ、倒れはしなかったもののその動きを止めてしまう。


「戻れ! フラガラッハ!」


 その隙をハーソンは見逃さない。空中に弧を描いた魔法剣を自分の手の内に呼び戻すと、それを振りかざしながら前方へ突進し、グランシア院長へそのまま斬りかかる。


 狙いは彼女の持っている大鎌……シジルの刻まれた魔法杖ワンドであるそれを破壊すれば、召喚したフルカスは消え去り、その力を失って修道女達ももとの遺体に戻るはずだ。


「これで終わりだ!」


 だが、ギイィィィーン…! と耳障りに鳴り響く甲高い金属の音とともに、勝利を確信して振り下ろしたその一撃は、夕闇にオレンジの火花を散らして大きく弾かれてしまう。


「な……!」


 その一撃を弾き飛ばしたのは、か細いグランシア院長の腕で振り上げられた、大鎌の一閃によるものだった。とても一介の修道女とは思えない反応速度と、その一薙ぎの重さである。


「修道女なら簡単に倒せるとでも思うたか? 甘いな聖騎士パラディン。貴様のそのふざけた魔法剣ほどではないが、この大鎌にもフルカスの力が宿っている。この大鎌が、並の騎士など相手にならぬほどの剣の腕をわたしに与えてくれるのさ。か弱き修道女と侮った自分の浅はかさを呪うんだな!」


 驚くハーソンに、グランシアは愉悦の表情を浮かべてそう嘯く。


「グエェェ…」


 だが、いくら予想外であったとはいえ、ハーソンに唖然と立ち止まっている暇などない。一瞬動きを止めていた死体達がまた動き出し、彼目がけて一斉に襲いかかってきたのだ。


「チッ…見誤ったか……」


 やむなくハーソンは自身の失態を素直に認めると、剣を振り回して死体達を薙ぎ払いながら、思いの外に手強いグランシア院長から距離をとる。


「その上、死体だけに一度や二度斬ったところで何もお感じにないか……面倒だが、一体づつバラバラにしていくしかないとみえる……フン!」


 死体達の間を潜り抜け、彼女達からも距離をとったハーソンは、その内のもっとも白骨化が進んでいる一体――おそらく一番最初の犠牲者、エルマーナ・アンナの遺体と思しきそれにフラガラッハを投げつけ、からのその手を宙で降りながら、まるで指揮者のように独りでに飛ぶ魔法剣を操って連続の斬撃を加えようとする。


「グァアアア…」


「チッ…戻れ、フラガラッハ!」


 だが、その間を突き、他の死体達がハーソンに襲いかかり、一体に集中する時間を彼に与えてはくれない。どれも死体であることを忘れてしまうくらいの、なんとも俊敏な猟犬の如き動きである。


「やはり、蹴散らした隙に彼女を倒すしかないのか……フン!」


 当初の作戦を今一度試みようと考えつつ、手元に戻したフラガラッハを再度放擲し、集まってきた死体達をなた薙ぎ払うハーソンだったが。


「……っ!?」


 ふと、それまで視界の隅に見えていた、悪魔フルカスの前に立つグランシア院長がいないことに気づいた。


「もう遅い……」


 次の瞬間、背中に冷や水を浴びせかけられるような、そんな薄ら寒い声が耳元でしたかと思うと、沈みゆく夕陽にキラリと輝く、鋭利な大鎌の刃が彼目がけて振り下ろされる……ハーソンが剣を手放すその時を待っていたのだ!


「……なに?」


 が、またしてもビリビリと夕刻の空気を震わす金属音が周囲に響き渡ったかと思いきや、今度はハーソンの方が、その一撃を寸でのところで防いでいた。


 その手には宙を舞うフラガラッハの代わりに刀身の蒼白く光る両刃の短剣が握られ、ギリギリとお互いの刃を擦り合わせながら、ハーソンの首に迫る凶刃をまさにギリギリで受け止めている。


「なんだ、その短剣は!? それからもなにか魔力を感じるぞ!?」


「こいつは〝スティング〟と言ってな。やはりフラガラッハ同様、異教の遺跡で手に入れたものだ……持ち主の身に危険が迫ると、こうして蒼白く光ってそれを知らせてくれる……もう何度、こいつに助けられたことか……」


 大鎌を持つ手の力は緩めないまでも、目を見張るグランシア院長にハーソンはそう説明をする。


「クソがぁっ! どこまでもふざけてからにぃぃ……なぜ貴様ばかり、そんな特別な魔法剣を持っている!? そういう神にえこひいき・・・・・されてるような輩が一番ムカつくんだよおっ!」


 ギリギリと擦り合わせていた刃を一旦引き、大振りに大鎌で再び斬りつけながらグランシア院長は怒号をあげる。


「別にえこひいきされてるわけじゃない。この二振りの魔法剣は、俺が長年、古代異教の民族の遺跡を巡ってようやく手に入れたものだ。むしろ、因果応報的な努力の賜物と言ってほしい……エルマーナ・グランシア、あなたの過ちはそこにある。やたらと聡明だったがゆえに自分の能力に慢心し、すべてを他人ひとのせいにして生きてきた。そのことが、今のこの不遇な人生を招いたのですよ。ああ、そうそう、奇遇というべきか、刈除公フルカスが受け持つ利益りやくは〝勝利〟の他に〝高慢・・〟もある」


 その怒りに任せた一撃を飛び退けて避けると、ハーソンは身勝手な修道院長に対して、立場逆転的ではあるが、ついついお説教・・・をしてしまった。


「くっ…黙れえっ! 聖騎士パラディンの栄誉を与えられ、伝統ある騎士団の団長に任じられた貴様に何がわかるっ! 我が姉妹達よ! 例え肉片に切り刻まれようとも、そいつを捉えてけして放すな! わたし自らの手で引導を渡してやる!」


 しかし、当然そのお説教に彼女が耳を傾けるわけもなく、痛いところを突かれてさらに激昂すると、改めて修道女の死体達をハーソンにけしかけた。


「ウォォォォ…」


 嘆きとも、呻きともとれぬ不気味な声を発しながら、修道女だった・・・・・・もの達は四方からハーソンに突進してくる。


「フラガラッハ!」


 ハーソンは回転しながら宙を飛ぶ魔法剣を操り、先程同様、空中に弧を描いてすべての死体を斬り払うが、今度はそれでも動きを止めようとしない……肉片が弾け飛び、骨が砕け散ろうとも突撃をやめず、グランシアの命に忠実に彼の体へ強引に抱きついてきた。


「…痛っ! しまった……」


 魔法剣に斬り刻まれてボロボロになりながらも、ハーソンに辿り着いた死体達は半分腐っているとは思えない力でまとわりつく……陣羽サーコートの下に鎧を着ているため、胴体の急所はなんとか無事ですんでいるが、守られていない腕や脚には彼女達の持つ鎌の刃が鉤爪のようにして突き刺さる。


「そのまま抑えていろ、我が姉妹達。さあ、ドン・ハーソン、貴様も我が奴隷の仲間入りだあっ!」


 そうして動きを封じられたハーソンに、大鎌を大きく振り上げてグランシアがじりじりと迫る。


「くそっ…フラガラッハ!」


「ハン! 無駄だ! 名だたる騎士達が落とせなかった聖騎士パラディン様のそっ首、このグランシアがいただこうか!」


 咄嗟にハーソンは魔法剣を操って彼女に斬りつけるが、それも大鎌でなんなく弾き飛ばされ、返す刀で…否、返す鎌で水平に振りかぶると、彼を抑えるもと・・修道女達ごと横一文字に薙ぎ払おうとする。


「くっ…!」


 勢いよく横薙ぎに振り抜かれる大鎌に、最早これまでかとハーソンが覚悟を決めたその時。


「うぐっ…!」


 一本の矢が何処からか飛来し、今まさにハーソンの首を落とそうとしていた大鎌を持つグランシアの腕に突き刺さっていた。





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