Ⅵ 火刑の夕べ(3)

「しかし、わからないのはその動機だ。聡明で見識が広く、この由緒ある女子修道院の院長にまで昇りつめたあなたには、こうまでして悪魔の加護を得ようとする理由がまるで見当たらない。悪魔崇拝者とも思えないし、自分の修道院を魔王に捧げるメリットなどどこにもない……なのに、どうしてこんな愚かなことをしたんですか? こんな罪さえ犯さなければ、尊敬される修道院長として、申し分のない人生をまっとうできたでしょうに……」


 推理を披露し終えたハーソンだが、不思議そうに眉根を寄せると、最後までわからなかったその大きな謎について、グランシア院長本人に直接尋ねてみる。


「…………動機が見当たらない? 申し分のない人生? ふざっけるなっ! なにが申し分のない人生だ! なにが尊敬される修道院長だ!」


 すると、それまで押し黙っていた院長の体がわなわなと震え出し、突然、その態度を豹変させた。


「なにが由緒ある女子修道院だ! こんなクソ田舎の寂れた修道院なんかに流しやがって! わたしはサント・メイアーでも一、二を争う学識の持ち主だぞ!? それなのに頭が空っぽな貴族のバカ娘ばかり優遇しやがって! だから、悪魔の力を借りてでも王都に返り咲き、女子修道会…いいや、プロフェシア教会の頂点にまで昇りつめてやろうと思ったのさ!」


 これまで一度も見せたことのないような怒りの形相にその顔を歪め、以前の上品さの欠片もない口調で不平不満を顕わにする。


 その憎悪に歪んだ顔と炎が燃えるように真っ赤に血走った眼……頭巾の下の黒髪も荒々しく振り乱し、むしろ、彼女こそが教会の抱くイメージの〝魔女〟そのものである。


「こんなゴミみたいな修道院や虫けらのような修道女の命なんか、悪魔にくれてやっても痛くも痒くもない! 貴様らさえ来なければ、もう少し修道女達の魂をフルカスに捧げ、その対価に何事もなく栄転させてもらう契約だったというのに……せっかくここまでフルカスに貢いだんだ。こうなったら、おまえ全員の魂をフルカスにくれてやる……こんなところで…こんなところで終わらされてたまるかあぁぁぁーっ!」


 そう叫ぶや否や、グランシア院長は落ちていた鎌を素早く拾い、それを振り回しながら修道女達の方へ突進してゆく。


「キャアアアっ…!」


 刃物を持って迫り来る院長に、修道女達は悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


「フラガラッハ!」


 咄嗟にハーソンが愛剣の名を呼ぶと、その魔法剣は独りでに地面から抜け出して彼の手の内へ飛んで戻り、一方、アウグストはメデイアの前へ出て彼女を守るように身構える。


 だが、グランシア院長はそれ以上、修道女達に斬りつけるようなことはなく、彼女達が四散してできた道を抜けて、墓地の方へと走り去って行く。はじめから、逃走がその狙いだったようだ。


「アウグスト、彼女達を安全な場所へ! あいつは全員の命を奪う気だ。俺はやつの後を追う! きっと何か仕掛けてくるぞ!」


 それを見て、ハーソンは素早く副官に指示を出すと、言うが早いか院長の後を追って全速力で走り出す。


「ハッ! ご武運を! さあ、みんな修道院の中へ! ああ、そんな泣かなくても大丈夫だ。団長がなんとかしてくれる。だからほら、おねがいだから早く立って!」


 それを受け、返事を返したアウグストは恐慌状態の修道女達をなだめすかし、泣き叫び、あるいは地べたにへたり込んでいる彼女達を苦労して逃がそうとする。


「………………」


 そんな中、遠ざかるグランシア院長とそれを追うハーソンの後姿をメデイアはじっと見つめ、何かを決意したように拳をぎゅっと握りしいめると、踵を返して修道院の方へと走り出した――。


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