Ⅴ 葬送の朝(3)

「……あのう、あんな約束をしてしまってよろしいんですか?」


 院長室を出るとすぐに、展開についていけてないアウグストが小声でハーソンに尋ねる。


「グランシア院長はあくまでメデイアを火炙りにするつもりだ。何を言ってみたところで無駄だ。それを確かめたかったのさ」


 だが、ハーソンは別に焦っている様子もなく、なんだか院長を止める気などさらさらないような態度を見せている。


「で、では、なぜあのような約束を……」


「なに、ただの時間稼ぎだ。ちょっと調べたいことがある。その内、火炙りの準備の指示に院長が部屋を出てくるだろうから、そうしたら君は院長について、違法な処刑をやめるよう説得を試みてくれ」


 その上、唖然としてアウグストが聞き返すと、ハーソンはさらにわけのわからないことを口にする。


「ええっ! で、ですが、今、院長には何を言っても無駄だと……」


「それも偽装フェイクだ。戦の陽動・・作戦と同じだよ、アウグスト。彼女の目を他に向けておいてほしい。それに、事がすむまで自分の部屋へ帰ってこないようにお目付け役でもある」


 その矛盾する言動に慌てて再度問い質すアウグストに、この場には不釣り合いの不的な笑みを浮かべると、彼の上司はどこか愉しげにも感じられる声でそう答えた。


「陽動? ……ああ、なるほど。そういうことでしたか。委細、承知いたしました」


 今度のその言葉には、一瞬、怪訝そうな顔を浮かべながらも、アウグストはハーソンの考えを理解する。


 天才肌のハーソンに比べれば凡庸な人物のように見えてしまいがちだが、従兄弟とはいえ、そこは実力主義のハーソンが副団長に選んだ人物、彼もまた、優れた戦術の才と機転の利く行動力の持ち主なのである。


「では、はじめるぞ。我々の手で正真正銘の〝魔女狩り〟をな……」


 そんな腹心に悪だくみをする子供のような顔をして返すと、ハーソンはアウグストとともに、偽装のための説得をしに屯する修道女達の中へと突撃して行った――。




「――いやあ、私が思いますに、やっぱりこういうことは教会の規定に則り、正式な手続きを経てから行った方が……」


「ですから、夕刻まではお待ちすると申し上げたでしょう? ただし、準備は進めておかなければなりません。そういえば、ドン・ハーソンはどこへ行ったのです?」


 火刑ための刑場を準備するため、墓地のとなりの荒れ地で修道女達を差配するグランシア院長にアウグストが説得を試みる中……。


「――修道院で泥棒を働く罰当たり者などいないからか、あまり鍵をかける習慣がないようで助かった……」


 当のハーソンは留守になぅた院長室にまんまと忍び込んでいた。


「さて、エルマーナ・メデイアのように床下ということも考えられるが……やはり怪しいのはこの本棚だろうな」


 相変わらず殺風景な部屋をぐるりと見回した後、ハーソンは壁と一体化している大きな本棚に目星をつける。


 とはいえ、背表紙を順に覗っていっても、皆、修道院にあってもおかしくはない『聖典』やプロフェシア教の教義に関する研究書ばかりだ。


「…………ん? 妙だな……」


 しかし、そうやって本棚を調べていたハーソンは、あることに気づく……あまり読まれてはいないらしく、ほとんどの本の前には埃が薄っすら溜まっていたものの、その中である一冊の本の前だけはまったく埃が見られなかったのだ。


 その本の背表紙を確かめると、『旧ナバナ王国内における教会史の研究』とある。旧ナバナ王国領――つまり、この地域のプロフェシア教会の歴史について書かれた学術書だろう。


 しかし、別にそんな頻繁に出し入れして見るような本でもないように思うのだが……。


 そう疑問に感じ、なにげに取り出して開いてみたハーソンだったが。


「……これは! ……フン。うまいこと考えたものだ。〝木を隠すには森の中〟というわけか」


 その中身を目にすると一瞬、驚きの表情を浮かべ、それからいたく満足そうな顔をして鼻を鳴らしてみせる。


「だが、読書するのにまだ少し時間が必要だな。ここは、もうしばらくアウグストに頑張ってもらおう……」


 そして、その本をパタンと閉じると、懐にそれを忍ばせ、用心深く周囲を確認しながら院長室を後にした――。

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