Ⅳ 魔女の真実(1)
「――あのお……さすがにこれはマズイような……」
時折、流れる雲の隙間から朧げな月明かりの零れる夜空の下、乗ってきた馬の鞍の上に立ち、高い城壁のような石の壁へ手をかけているハーソンに、なんだか落ち着かない様子のアウグストが周囲を気にしながらご注進申し上げる。
「直に彼女の部屋を調べさせてくれと、堂々と正門から入ってゆくわけにもいかんだろう? 預言皇庁直々の任務遂行のためだ。神も許してくれるだろう……フンっ!」
だが、ハーソンはまったく気にする様子もなく、そう言って両の脚に力を込めると、ひらりとマントを翻していとも簡単に壁の屋根の上へ跳び乗ってしまう。幾度となく攻城戦を経験してきた彼にしてみれば、こんな壁を乗り越えることなど造作もないことだ。
あの後、一旦は修道院を後にしたハーソンとアウグストであったが、少し離れた場所で夜が更けるのを待ち、再び修道院へと戻って来ていた。
ただし、今度は声をかけて正門から入ってゆくのではなく、こっそり壁を乗り越えての不法侵入である。理由は、真犯人を含む修道女達に気づかれることなく、密かにメデイアの部屋を自らの手で調べるためだ。
「それじゃ、アウグスト、馬と見張りを頼む!」
ハーソンは簡単にそう告げると、心配そうな顔のアウグストを他所に颯爽と壁の向こうへ消えて行ってしまう。
「ああっ! ……もう、言い出したら聞かない人なんだから……」
品行方正な常識人に見えて、意外とアウトローな所もある困った上司に、アウグストは胃の痛くなる思いで独りボヤキを口にした――。
「――さすがは女子修道院。夜遊びするようなおてんば娘もいないようだ……」
忍び込んだ夜の修道院は、思った以上に静かだった。
すでに皆、就寝しているのだろう……周囲に人影は見えず、あるのは長く伸びる列柱の色濃い影ばかりだ。
着地した中庭の端から、月明かりに蒼白く浮かぶ、どこまでも静寂に支配され回廊に足を踏み入れると、物音を立てないよう細心の注意を払いながら、目の前にあるメデイアの部屋のドアをハーソンは開けにかかる。
壁の外側からだいたいの場所を推測して跳び下りたのだが、どうやらドンピシャだったようだ。
「やはり
さらに幸いなことにも鍵はかかっておらず、ゆっくりと古い木のドアを開け、やすやすと侵入を果たしたハーソンは、懐から火種の入った金属製の筒を取り出し、そこから蝋燭に火を移して明かりとした。
「さてと……彼女が本当に隠そうとすれば何処に隠す?」
そして、心許ない蝋燭の灯が薄っすらと周囲の闇を照らす中、彼はメデイアの気持ちになって狭い石造りの部屋の中を見回す……。
昼間見た時にも思ったが、唯一ある調度品のベッドを入れればもういっぱいになるくらいの、本当に狭くて殺風景な部屋だ。もっとも、彼女の部屋だけが特別なのではなく、他の修道女達の似たか寄ったかなのではあるが……。
「これでは、確かにベッドへ
しばらくまじまじと何もない部屋の中を見回した後、古い煉瓦の敷き詰められた床にハーソンは目を留める。
そこに思い至ると、すぐさまハーソンは地べたに這いつくばり、その朽ちかけた表面に手を触れながら、煉瓦を一つ一つ丹念に調べ始める……もちろん、となりの部屋には他の修道女が寝ているはずなので、絶対に音を立てないようにだ。
「…………!」
すると、ほどなくしてその幾つかが、強く押すとぐらぐら動くことにハーソンは気づいた。
「……っ! 焦りは禁物だな……」
どうしても立ててしまう、ガリガリと煉瓦同士の擦れる音に少々焦りながらも、早速、ハーソンはそれを外しにかかる……と、案の定、その下には蓋のように木の板が横たえられており、さらにそれも取り外すと、床下にはぽっかりと空洞が穴を空けていた。
子供なら一人寝られるくらいの、何か物を隠すには充分な広さだ。おそらく、メデイアが時間をかけて、床下の土を密かに掘って作ったのだろう。
「…………これは!」
そして、真っ暗なその穴に蝋燭の灯を近づけてみたハーソンは、そこに収められたいた物を目にすると、思わず小声で驚きの言葉を発した――。
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