16.3

 午後は大きな病院との商談があった。寝泊まりの施設も整っているから、治療薬は勿論痛み止めの需要もある。

 人を救うことそのものも大切だが、救う手立てのない人に穏やかに過ごしてもらうこともまた大切だと思う。本当ならすべての人を助けたい。だが、人間は決して万能ではない。俺が幼い頃よりも、より多くの人が効果の高い医療を受けることは可能となっているのだろう。しかし、まだ足りない。ダグから聞いた話だが、余裕のない家庭では満足のいく治療を受けることもままならず、彼の印象ではあるが死因として多いのはやはり病死だという。


 俺一人の力でどうにかなる問題ではないことは理解している。それでもやはり心苦しい。だからこそ自分にできることはどんなことでも努力し続けたい。微々たるものだったとして、無駄にはならない筈だ。

 こういう時、周りの協力があってこそとはいえヤンを救うことができた経験と、エドやダグからの情報には助けられている。相手の立場への理解は難しいものだ。その日の暮らしにも困る程の生活は、実際にそれを経験しない限り真に理解できないと思っている。だからこそ、より共感しやすい友人という位置から俺に助言をくれる二人の存在は、現在のホフマン家にとって欠かせないと言えるだろう。


 俺自身は、生まれた頃から贅沢をしている。生まれる前からと言っても過言ではない。父はこの家を大きくするまでは平民として生活していたから、その暮らし振りを知った上で働くことができたのだろう。俺は、どこまで寄り添えるだろうか。

 共に働く人々の前で、取引先の前では弱音など吐ける筈もない。不安が大きい今の時期、ヤンに頼り切ることも出来るだけ避けたい。せっかく俺しか見ないこの場を作ったのだから、不安もすべて書き出してみよう。内に秘めておくより、きっと少しは発散に繋がる。

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