9.3

 今日は町の診療所に行ってきた。普段は貴族を相手に商談することが多いから、久し振りに仕事で町へ出た気がする。診療所の医者も、俺が居ることに大層驚いていた。俺としては、町の方が気楽に過ごせるから好きだ。

 医薬品の在庫の話は勿論、最近の人々の様子や話題なども、主な情報源は診療所だ。気分転換に買い物や食事に来ることはあっても、それだけでは人の生活を知るには至らない。父方の祖父、そして父は、ちょうど流行病の只中で働いていた。その時に自らの目で、足で集めた情報によって納品や仕入れの調整をしたというから、俺も見習いたい。

 まだ肌寒いが、真冬に比べて少しは落ち着いてきた。風邪などの患者も少なくなりつつあるという。しかし、まだ油断はできない。納品量はもう少し様子を見るべきか。


 町へ出たついでに、ヤンへの土産として花を買った。香りのあまり強くない、柔らかな色のもの。渡したら笑っていたから理由を聞けば、紫色の花が多いと言われた。買った時に意識していなかったが、つい選んでしまったのだ。それでも嬉しそうに花瓶に飾っていたから、その顔が見られただけでも良かった。俺は菫色のような紫が好きだが、ヤンは葡萄色が好きだという。赤と紫が混じりあった色だからと言われ、なんとも言えない気持ちになる。

 今のヤンを抱き締めると、三人で抱き合っているような気持ちになり、幸せでいっぱいになる。おまえの望むとおりの道を歩んで欲しい。幸せにする。そして、自分の手で幸せを掴むことの喜びもまた、知って欲しいと願う。

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