第13話

 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。瞼が重い、そういえば昨日珈琲を飲んでまで夜中怜君といろんな話をしたんだった。寝返りを打つと、なにか大きいかたまりにぶつかる。ん?と見やると、目の前に怜君の顔面が広がって、思わず、すごい勢いでのけぞってしまった。彼を起こさないようおもむろに後ろに下がり、ベットから脱出する。怜君はまだ深い夢の中なのか、私の振動くらいではものともせず、安らかな顔をして眠っている。いつもは怜君のほうが早く起床して準備をしてくれているから、今日くらいは私が準備しよう。

 パジャマ姿のままキッチンへ向かうと、空になったケトルに水を入れ、スイッチをONにする。その間にカップの中にインスタント珈琲を入れ、片方にだけ角砂糖を2つ入れる。沸騰を待つ間に櫛で髪を梳きひとつに結ぶと、すこし気合が入ったような気がしないでもない。小さめのフライパンを取り出すと、オイルを500円玉サイズの分だけ注ぎ、フライパンを揺らしながら全体にいきわたらせる。卵2つを割って入れると、それなりに熱を持っていたのかパチパチと音がした。まだ黄身が固まるよりも先に更に盛り付け、そのままウインナーを投入する。そうしたころにケトルが沸騰を知らせるスイッチオフの音がしたので、コポコポとカップの中に適量注いだ。私の分はあとからミルクを注ぐ。甘い珈琲を嗜みながらフライパンの中のウインナーを躍らせていると、いい具合にウインナーが弾けるべく太りだしたので、破裂する前に、と皿に滑らせた。私のは2つ、怜君は私よりも図体が大きいため4つだ。そして怜君にはトーストも用意しよう。私の分だけテーブルに持っていき「いただきます」と食事を始める。朝はあまり食欲のない性質なので、これだけあれば十分すぎるほどである。食事を終え、のこりは珈琲だけ、というときに、ドアが開く音がした。


「おはよう。」

「あ、怜君おはよう。」


 漸くお目覚めの怜君は―――と、言っても、私と大して差はないのだが―――そのまま洗面所に向かった。私は残りわずかな珈琲を一気に飲み干すと、シンクに皿とともに置き、とりあえず水のみで洗浄する。怜君の分と一緒に洗えばよいだろう。テーブルにレイ君の分の朝食を用意すると、良いタイミングで彼が戻ってきた。


「準備、ごめんね。ありがとう。」

「こっちこそいつも準備してもらってばっかりだったし、謝らないで。そんな大したもの作ってないけど。」


 まだ半分寝起きのような顔をした怜君がそんなことない、と椅子に座る。イタダキマス、と手を合わせ、まずは珈琲を一口。それから、箸で器用に目玉焼きを割ると、そのまま上手に口へ運んだ。黙々と食事する怜君の後頭部はまるで鳥の巣のように髪と髪が見事に絡まりあっており、先ほどまで鳥を飼っていたんですか?と思わず聞いてしまいそうになる。無論、そんなわけがないのに。もぐもぐと口が動くさまはなんとも愛らしく、怜君の食事する様子は幾度とこの目で見たことはあるが、それにしても寝起きの彼というものはこうも特別なのだな、と知らぬうちに頬が緩んでしまいそうだ。

 まさかそんな事を思われているなんてつゆとも知らず、すんなりと完食した怜君はゴチソウサマデシタ、と行儀良く再度手を合わせると、その鳥の巣頭のまんまで私の分の皿まで一緒に洗いだしたのだ。いや、ようく考えれば、洗面所に行ったのに気付かなかったのだろうか。男というものは、自身の髪形を気にしないものなのだろうか。まさか彼は私がこの1週間知らなかっただけで、毎日こんな日々を過ごしていたのかもしれない。そう思うと何故か勿体なく感じて、明日からはしゃんと一緒に準備しよう、そうして寝起きの眠たげな怜君をまた拝もう、と固く肝に銘じた。


「怜君っていつもどれくらいに起きてるの?」

「んーっと、7時過ぎかな。勝手に目が覚めるんだよね。」

「へえ、なんかおじいちゃんみたい。」

「あ、僕のおじいちゃん、いつも4時には起きて僕の弁当作ってくれてるよ。」

「え、4時!?で、作るのはおじいちゃんって珍しいね。」

「僕の両親、いないから、母方の祖父母と普段は暮らしてるんだ。高校生になって、弁当が必要ってなった時におじいちゃんがつくる!って言い出してさ。申し訳なかったんだけど、おじいちゃんが勝手に目は覚めるのにすることないのも辛いからさせてくれ、なんて、言うんだ。だから、未だにお願いしてる。玉子焼きすごい美味しいから、いつか紗月ちゃんにも食べてもらいたいな。」

「…私に作ってくれるかな。」

「モチロン。僕の彼女って言ったら飛び回って喜んでくれるよ。」


 話しているうちにすっかり眠気は蒸発してしまったのか、すらすらと喋る怜君は、もう皿洗いを終わらせて、私の櫛で髪を梳く。櫛を何度か髪に滑らせると鳥の巣は消えてしまったようで、私は少し残念だ。

 両親、いないのか。どういった理由でいないのだろうか。聞きたかったけれど、聞いたところでそれなりの反応すら出来る自信はなかったし、両親がいたとしても、私の親みたいな自己至上主義だったらいない方がマシなのではないだろうか。保護者が親でなければいけない理由なんて、どこにもない。それに、祖父の話をしていた怜君は心なしか嬉しそうだったし、私も、もう少し聞いていたかった。


「さー、じゃあ歯磨き終わったら、今日は数学を仕上げますか。」

「次の課題テスト、数学は良い点数が取れそう。」

「僕が教えてるからね。」


 ご尤もです、とわざとらしくお辞儀をすれば、満足げに怜君が笑った。とにかく課題を早く終わらせて、それから、怜君といろんな話をしよう。いろんなところにも行きたい。彼をひとつ知るたびに、なにかこう、新しい世界を知るみたいな、私のなかがアップデートされていくような感覚に近くて、好きだな、と思う。

 そんなこと、怜君はつゆにも知らず、私と同棲できて良かった、と、思っているのかも知れない。

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