第12話
「じゃあね、まず、好きな食べ物は、鶏肉かな?嫌いなものはないかも。まあ、強いて言うならなめこかな。ほかのキノコは大丈夫なんだけど、なんかなめこだけは受け付けなくって。…で、私の家族構成は、父・母・妹の4人家族。妹とは1つしか年が離れていなくて、その妹が良く出来る子なの。正直親に可愛がってもらった記憶なんてない。親の視線はすぐに妹へ移って、てんで私の事なんてちゃんと見てくれていなかったこと、小さかった時から覚えてる。悔しいし悲しかったけれど妹の方が優秀だったのは事実だったから、私は、あの3人の前で怒ることも泣くことも拗ねることも、気付いたら出来なくなってた。だって、何を言っても相手にしてくれないし、大切にしてくれないことを、子供ながらに理解しちゃってたから。こうやって話すと随分可哀想に聞こえるね。いつのまにかそれが家族の前だけじゃなくて、おばあちゃんとか、友達の前でも出来なくなっていった。どうしてかは分からないし、おじいちゃんとかおばあちゃん、友達のこともちゃんと好きなのに、本音を出してしまえば、しようもない奴だな、と思われそうで、怖かったのかもしれない。笑うとか、喜ぶとか、プラスな感情以外の、薄汚い感情は、笑うことで誤魔化していた気がする。でも、外の世界はそれで平和だったの。私が笑った分だけ、周りの人も同じように返してくれていたから。でも、家族はそうじゃなかった。いくら何を頑張ったところで、お母さんもお父さんも、大切にしているのは妹だけだった。例えば、テストで低い点数だと怒られたり呆れられるんだけど、良い点数を取ったところで待ってるのは“あ、そう”だとか“由利はもっと良い点数取ってたけど”とか。笑っちゃうでしょう。褒めてくれた記憶なんてほとんど無いの。妹も妹で、生まれた時からその環境が当たり前だったから、私の事なんて歯牙にもかけてない。きっと家にいるうざったいの、くらいにしか思っていないんじゃないかな。今迄、我慢してた、というかどうしようも出来なかった。小さい時の家庭って、それが世界のすべてで、本当に苦しかったけど、少しずつ家庭からの逃げ方を知っていった。
…でもね。ごめんね、怜君にとったらどうでもいいことかもしれないけど、ずっと前に、聞いてしまって。頭では理解していたつもりだったのに、感情がそれを認識したくなくて、拒否していて、まるでバグが起きたみたいに今まで気づいてなかったみたい。…あのね、親がね、ふたりで“紗月は失敗作だったね”って話してるのを聞いてしまった、の。面と向かっては言われたことなかったし、なんとなく空気として悟ってはいたけれど、こっそりとふたりでそんな話をしていたら、もうそれこそが事実で間違いないでしょう。さすがにその日は死ぬほど泣いた。十数年、私の事を邪魔だと思って育ててきていたとか、今も私の事をお荷物だと思っているとか、本当に必要とされているのは妹の由利だけなんだとか。冗談じゃなく死んでやろうと思った。でも、次の日の朝目が覚めて、そんなことしてもむしろ喜ばれるだけなんじゃないかなって気付いて、それなら、変わらず家族の前では感情を殺して、どうにか最後まで邪魔してやろうって、そんなことを思ったの。でも、私が由利に劣るのは事実だし、不甲斐ない自分のことも嫌いで、そんなことを思いながらコンビニに入っていったら、私もどうしてかは分からないし、今は馬鹿なんじゃないのって思うんだけど、気付いたらスカートのポケットに小さなお菓子を入れて、なんでもないですよって顔をしてジュースをレジに持って行ってレジを済ませた。何も言われなかった。コンビニを出て、5分位したところで、ポケットからお菓子を取り出すと、当たり前なんだけど、盗んだお菓子が手の中にあったの。弾け飛びそうな心臓を押さえて、震える手でその包み紙を開けてお菓子を食べると、さっきまであったはずの罪悪感がぶわーって消えて、すごい美味しく感じて。あ、私生きてる。って、思えた。馬鹿だよね、恥ずかしいよね。笑ってね。こんなことで自由になった気がするなんて、だから何度もやってしまうなんて、お店の人が知ったら激怒どころじゃないもん、だって私本当は犯罪者だもん。だから、そこのコンビニでばっかり買い物してた。流れ作業だろうけど、ありがとうございます、って言われるたんびにいや実は私何度も万引きしてます、って言いそうになってたな。ああ、こんな話してるけど、つい数週間前までストレスで息が詰まるたびにそんなことしてたの、最低だよね。きっと家族が知ったら“失敗”どころじゃない。でも、私はどこかで、本当はもっと許されたくて、愛されたかった。自分の事なのに曖昧で、でもきっとそうだったと思う。だから、怜君あなたが私の前に現れて、怖かったけど少し、いや、かなり嬉しかった。こんなに、どこでもいそうで、でも誰よりもきたなくて、いやしくて、自分勝手な私を、いつも肯定してくれることがすごい、ありがたいって思うの。たぶん、私はずっとあなたみたいな存在を探してた。無責任で傲慢だってことも、分かってはいるけれど。」
どう?好きな食べ物も、万引きした理由も言ってみたけど。
そう、彼に問うてみたけど、なんだか怖くて目を合わすことが出来なかった。持っていたカップはすっかり冷えるどころかカップの底が渇いて茶色の跡が染みついている。手が震えそうだ。指先はすんと冷えている。きっと彼が触れてしまえば、可哀想に、なんて優しく握ってくれそうだ。
怜君ももう飲み終えていたようで、気付けば机の上に置かれていた。いいよ、と怜君が私のカップを優しく奪うと、怜君のそれの隣に置く。ぬるい私の左手に、怜君の大きな右手がするする絡まれていく。所謂恋人つなぎになったそれに戸惑うも、こないだのようにいやらしく私の指の感触をなぞるわけでもなく、ただ優しく包み込んでくれているようだった。痛くない程度に、怜君の手に力が入る。
「許すとか許さないとかじゃなくて、僕はね、紗月ちゃん。どんな紗月ちゃんも受け止めるし、愛してるよ。そんなことで辛くなったり、虚しくなったり、もう、しなくていいから。」
怜君が私の中指に唇を落とす。
やわく、触れるだけのそれだった。俯く私を覗き込むように、怜君の瞳はひどくおだやかで、まったく嘘じゃないことが嫌でもわかる。ずっと、その言葉が欲しかったなんて、どうしてか言えなくて、私は涙を拭うことも出来ずにただ見つめ返しながら頷くだけだった。それを見て彼は何を思っているのか分からなかったけれど、もう、その言葉をくれただけで、私は今までやってきたすべてが浄化されたような気がした。
「歯磨きだけして、寝ようか。」
絡めた指がいとも簡単に離れ、そのまま私の頭を二回ポンポンと撫でると彼は洗面所に向かった。そしてようやく私も涙を拭い、慌てて怜君の後ろをついていった。
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