第2話

 どうしようもない言い訳でしかないと思う。

 あまりにも、景色の変わらない日々だったのは覚えていて、頭の固い両親と、その両親の理想のような妹に追いつめられる毎日に、本当に飽き飽きとしていた。おはよう・おやすみ・愛してるの代わりに、何も持っていないお前が必要なものは勉強だ学歴だ肩書きなんだ、と、家族からは馬鹿みたいに言われ続けた。本当に必要としているのは、まぎれもなく私ではなくて両親だと言うのに。彼らが欲しているものは「優秀な子供」でしかなかった。

 そうして、ろくに勉学以外のものをしてこなかった結果が、この私の姿だなんて、笑えさえもしない。私のレールを勝手に敷く親への反発心と、悠々と私を飛び越える妹に対する怯えが、強がりになって、いつしか、私は代償行為として万引きを犯すようになった。親には言えない文句を、自分の不甲斐なさを、小さな悪事を犯すことで発散し、快感を得ていた。きっと、彼は嘲笑うだろう。

 そんな私は、結局敷かれたレールしか進めなくって、八つ当たりとしてこんなことで日々に安息を齎しているのだから。

 

わたしは、弱いし、くだらないし、悲しいほどにそれを自覚している。


「ついておいでよ。」


 肯くだけで何も発さない私にそう彼は促したものの、先ほどから掴まれていた腕はそのままだったので、事実私の拒否権なんてものはなかった。返事もなしに、私は引っ張られてゆく。どこに行くのだろう。なにをするのだろう。警察にでも突き出される?、学校に告発する?、金でも強請る?ここぞとばかりにあふれだす負の予測に、きっと神様は「自業自得だ」とあきれていることだろう。親はヒステリックに喚き狂うだろうか。妹は軽蔑した目で私を一瞥するのだろうか。担任の先生は哀れむようになるんだろうな。学校の友達は、もう話しかけてはくれなくなる。

 私の人生は、もう、終わりだ。どうしよう、どうしたら、良いの?

―――そんなつもりじゃ、無かったのに。


「着いたよ、って、どうしたの?」


 フーッ、フーッ、と息を荒げる私に驚いたように、彼は私の顔を覗き込む。体調悪いのかな、と呟いたあとで彼は目的地であろう、マンションの中に連れ込んだ。あまりにも変わらない彼の挙動に、荒い呼吸を抑える術も忘れて、思惑なんかひとつも予測できぬまま彼のうなじを見詰める。

 外観からして高価そうなそのマンションの内観は言うまでもなく美しくて、どうしてここに連れ込まれたかも知らぬまま呆気にとられるばかりだった。503号室。そこで足を止めた彼はようやくこちらを振り向くと、「ここ、ぼくらの家」。そういってカードキーを中に差し込んだ。ブーン・ガチャリ・と機械的な音を立てた扉は彼の手によってすんなりと開いた。

 私にはここが彼の楽園じゃないか、なんて、現状と見合わぬことを考える。

 あながち、間違ってもいなかったその答えに、私は呑まれることになるのだが。


「紗月ちゃん、僕と、付き合ってよ。」


 彼の家と称するその部屋で、彼が発したと思われるその言葉とともに、彼は噛みつくようにキスをした。

 誰に?私に、だ。

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