奪う肺もろとも心中

ごとうのトオル

第1話

 何に喩えたら良いだろうか。恐るごとく自問して、あゝ、と気付く。あれはまるで、水平線のようだった。きちりと石灰で引かれた白線のようにそれは存在していたのに、触れることも終えることもできない。認識することのできない向こう側ばかりを気にして、フラストレーションだけはやはり中の透けないコップに落とされていくのだ。ぽちゃん、あなたは聴こえているだろうか。己の限界を。無意識下で起こる次第を。さよなら、と告げる平穏の言の葉を。お前は、もう過ぎてしまった。




 雲ひとつ無い空は「晴天」と呼ぶにふさわしかった。確かに、ここに来るまで十分すぎるほどの汗をかいたようにも思えるし、店内にいる現在ですら発汗しているのも事実である。ただしそれは、気温とはまったく関係のない事象に因って、ではあるが。

 空の青さに感化されたのか、けだるげに欠伸を噛殺す店員を一瞥すると、ポケットの中の感触を確かめつつ自動ドアのゲートをくぐった。やはりやる気もなく「ありがとうございましたー。」と感情の籠っていない感謝の言葉が背中に投げかけられる。怪しまれることもなく無事に終えた行為に背徳感と達成感を握りしめながら、閉じ込めていた小さな息を漏らして、緊張の糸をほどく。空は嫌味なほどに真っ青で、まるで私に反省でも促しているようだ。誰がそんなことしてやるか、と思った。気分転換でも、とたった今手に入れた菓子を口に入れるべく舌なめずりをして、ポケットに手を突っ込む。そう、すべて、自己責任なのに。


「今、万引きしてたよね。」


 初夏とは思えないほどの蒸した熱気と、焦げ始めの肌に照り刺す日差し。ニュースでは連日気温の高さによる異常気象について放送されていた。見慣れるほどの「晴天」。私はこんなにも寒いのに、とらえられた腕は焼け落ちそうなほど熱い。以前から知っていたような口振りと、NOとは言わせぬその美しすぎる微笑みに、私は熱いのか寒いのかもわからぬまま、こくりと頷いたのだった。


 違う。頷くしか、無かったのだ。

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