11:先輩のドキドキ☆学園ツアー(2)




「うわーお!誰かと思えば ぼっちの鳥頭ジェイくんじゃないかあ~!鳥くんとこんなワビでサビな場所で出会うとはあ~!」


「げっ…」


先輩に連れられて廊下を歩いていると、見慣れた顔二つが活動室から出てきたところに鉢合わせる。一つはスヴェン。もう一つは――


「意外なところで会ったわね、ジェイ。部活動見学?てっきり高校も帰宅部かと思ってたわ」


純粋に驚いたといった表情でこちらを見るブレイドだ。


「ん、まあ…」


「…ああ、なるほどね」


ブレイドは言い淀んだ俺の顔を見て一度首を傾げるも、直ぐに得心がいったように頷いた。彼女は異性ながらリードと同程度に俺の思考を読むことが出来るから、"こいつ魔法につられたな"と正確に俺の心境を察したのだろう。俺が単純思考型だというのも一因だろうが。


「おお、ジェイくんのお友達か!私は2-B!チェリカ・インク!Bクラスの担当上級生!そして彼の所属する同好会の先輩さ!」


「所属してません」


「こ、こんにちは…?」


突然の遭遇にも関わらず簡潔に自己紹介をするチェリ先輩だが、そのハイテンションっぷりにブレイドとスヴェンは少し圧倒されている。しかしスヴェンの方は何かに気が付いたようで、混乱からすぐに立ち直り口を開いた。


「その手、何つけてるんだ?」


「!!!」


スヴェンの目は明らかに俺の右腕と先輩の左腕を見詰めている。つまり、バレている。途端に俺の血の気はどんどん引いていった。即座に諸悪の根源を振り返る。


「な、えっ、どっ!?どういうことですかチェリ先輩…ッ!?」


「ビックリビックリ!グリフォン戦の映像で知ってはいたが、予想以上に君の魔術感度は良好らしいな!」


「どうしてくれるんですか!?俺の!名誉!!」


「だーいじょうぶだって、はっきりとは見えてないはずだぞ」


「そうなのか!?スヴェン!!?」


「うーん、なんか、二人の手の間?がボヤーっとしてる…」


これは果たしてセーフなのか判断に迷うところである。


「どういう…いえ、べ、別に?気になってはいないけれど?どういった経緯で、先輩とご一緒してるのよ?」


「えーっと…」


「私が自分の同好会に勧誘しているんだが、一応他のところも見学しがてらといったところだ!」


「…そ、そうなんですか…」


妙にたどたどしく発せられたブレイドの言葉に、どう答えるか悩んだが、さらりと先輩が流してしまった。反応から恐らくは、ブレイドの知りたかった答えではないのだろうと察したが、あまり詳しく話して"今の俺の状況"が露呈するのは避けたいところだ。せっかく見えていないのだから、態々バラす必要はない。


「まあ、君たちも私の後輩だ!仲良くしようじゃあないか!」


先輩が二人に向って右手を差し出すと、直ぐにスヴェンが手を差し出し、固く握手を交わす。その光景を見て、何となくブレイドが手を出すことを躊躇していたことが気になった。


「ほう、なるほどなるほど。やはり風の魔術と相性が良い。……追加術式はほぼなし。コントロール能力の高さから危険度は低いとみなされている訳だな」


「あ?」


先輩は握手をしたまま己の手を引き、じっくりとスヴェンのセーフティーリングの魔術式を検分する。


「迂闊だなあ、"スヴェン・ウインド・・・・ ・・・・"?己のセーフティーリングをよく知らない人間に見せるのは感心しないぞ」


「ん?名前・・・」


「一応担当上級生だからね。担当クラスのα+アルファプラスαアルファくらいは覚えてるよ。…君もね、"ブレイド・グレン・・・・ ・・・"」


「……」


「おお!やっぱ才能があると注目されちゃうんだなー!」


(今更だけど、俺も確か名乗ってなかったような…αアルファではないが獲物として覚えられていたんだろう)


お気楽に喜ぶスヴェンの隣で、ブレイドは警戒したように先輩を見詰めていた。先輩は"敵意は無い"とでも言うようにスヴェンの右手を離し、両手をあげる。


「まあ、校内ではあえて見えるように・・・・・・・・・魔術式が刻まれているんだがね。まだ魔法科学の授業は1、2回しか受けてないのかな?よく勉強した方がいい」


(俺の針金みたいなリングはどんな意味があるのか聞いてみたかったけど、完全に聞きにくい雰囲気だなコレ…)


「で、随分怖ーい活動室から出てきたみたいだが、見学したのか?」


未だ警戒したままのブレイドに笑顔を向け、先輩は殊更ことさら明るく問うた。


「何が怖いんだ、魔道具馬鹿が」


スヴェンとブレイドの背後――二人が出てきた活動室の扉が開き、ぬっと現れたのはカンザキ先輩だ。


「おーリョウゴ先輩、ご機嫌麗しゅう!」


チェリ先輩はふりふりと手を振るが、先輩はわずらわしそうに顔をしかめる。


「そのわざとらしい言い回しが不愉快だ。部屋の前でたむろされるのも迷惑極まりない。新入生をいつまでも捕まえてないで、次の見学先にとっとと行かせてやれ」


「ジェイくんは今きたばかりですから、しばし紹介の時間を下さいませ?」


同じ担当上級生だからか気心の知れた仲のようで、ざくざくと言いたいことをぶつけてくるカンザキ先輩に チェリ先輩が動じる様子は微塵みじんも無い。


「さてジェイくんよ、ここはリョウゴ先輩が会長を務める茶道同好会だ。転生者が異界から持ち込んだ文化で、マイナーではあるが一定数ファンがいる会だぞ。見学するか?」


「えーっと……」


「おかし美味しかったぞ!オマッチャ?はめっちゃ苦かったけど!」


異界の文化は多少気になるが、正直興味のあるジャンルではない。しかしここに至るまでに紹介された、数箇所の部活や同好会も 興味があるジャンルではなかったが新たな発見や体験があり楽しかったのも事実だ。


残りの時間を考えると見学出来るのはあと1、2箇所だろう。どうすべきか――


「んじゃ、あたしらはダンジョン部見に行くからバイバーイ」


「ちょっと待ってスヴェンさんッ?!!」


聞き捨てならない台詞を吐いたスヴェンを慌てて引き留める。


「ダンジョン部?!ダンジョン部とは?!」


「ダンジョンをなんか体験させてくれるとかなんとか?」


「俺も!!俺も見に行きたい!!」


実は天然のダンジョンというのは、この世界が"魔法の世界"とはいえ存在しない。というかダンジョンという言葉自体、異界から持ち込まれたものだ。


魔法と魔力生命体に近い生き物が蔓延はびこる世界からの転生者が伝えたもので、お化け屋敷のようなアトラクションの一種である。大凡おおよそ"脱出型"と"秘宝探索型"に二分され、脅かし用のバーチャル、又は機械式の擬似魔力生命体から逃げつつ目標を達成するゲームだ。


「どうかしら?実はダンジョン部のポスターって校内に貼られてなかったのよ」


「では何故その存在を…?!」


確かに校内には数多あまたの部活動や同好会の紹介ポスターが所狭しと貼られているにも関わらず、俺はそのポスターを見たことがない。一目でも見たなら絶対に反応しているはずだ。


「実は…これよ」


ブレイドが鞄から取り出したのは、細長い紙片だった。


「ダンジョンご招待券ンン??」


小学生が描いたのか?と疑う程に手作り感満載のセンスに溢れているチケットだ。


「そ!選ばれし新入生のロッカーにのみ挟み込まれていたのだ!すぺしゃるだろ!」


「な、なん、だと…」


当然俺の元にそんなチケットは配布されていない。ダンジョンには俺のようなモブキャラはお呼びでないとでもいうのか。


確かにお呼ばれするような秀でた才能も、特殊な能力も皆無だが、ダンジョンに対する熱い気持ちは一等強いはずだ。お情けで呼んでくれても良くないか、神様よ。


その時、自分の活動室の目の前で違う部活動の話をされているにも関わらず、じっと黙っていたカンザキ先輩がおもむろに口を開いた。


「だったらインクに案内して貰えばいい。こいつなら多少ダンジョン部に顔が利く」


「へっ?」


まさかカンザキ先輩から助言が貰えるなど思ってもいなかった上に、チェリ先輩の名前が突然出たことにも驚く。


「興味があるところを見学出来ずして何を決めると言うんだ。せっかくそんな事くらいにしか使えない手札を持っているんだから、使えばいいだろ」


「私は反対ですねぇ!」


俺がチェリ先輩に期待に満ちた目を向けると、当の先輩は声を荒げた。


「いやいやあり得ないだろ!ねぇ、画面の前のみんな?!」


先輩は両手を広げ、天を仰いで更に続ける。…そして相変わらず誰に問いかけているんだ。


「魔法の世界で学園ものやっといて、数話目でダンジョンとか!だったらモンスター蔓延はびこる世界でスキル持たせてギルドにでも所属してやって下さいって感じだろ?!どっち付かずの作者に反感抱くだろ?!」


広げた手を握って胸の前に引き寄せ、背を丸めて一層声に力を込めて、叫ぶ。


「学園もの特有の展開を先にやったら?!って!なる!だろ?!!」


(……漫画脳なんだな、この人)


理解者がいないと悟ったのか 勢い良く俺を振り返ると、距離を詰めて訴えかけてきた。


「ジェイくん?お抹茶飲みたくないか?な?リョウゴ先輩の顔見てみろ、"お抹茶よりダンジョンを選ぶ貴様を殺す"って顔だろ!?」


「どちらかと言えば俺は静かに一人で茶会をしたい」


「でたよぼっちの発想ッ!…ジェイくん?お化け屋敷が好きイコールお化け役がやりたい!ってことはないだろう?ダンジョン部はダンジョン作るだけで自分は探索しないんだぞ?な?やめておこ?」


「いえ、見学では体験させてくれそうなんで行きたいですね」


「散々試食したのに商品買わない系ボーイか君は!?入部の意思が無いのに体験するなどダンジョン部の皆さんに失礼だとは思わないのかねッ!?」


「はあ…」


ヒートアップするチェリ先輩の背後で、カンザキ先輩が静かに溜め息をついた。そうして今までよりもゆったりと、けれども不思議と明瞭な発音で命令・・する。


チェリカ・コミル・・・・ ・・・インク・・・ダンジョン部に・・・・・・・向かえ・・・


「ひえっ?!」


既に先日の魔法科学の授業でカンザキ先輩の固有魔法の内容を知っているので、俺たちは直ぐにそれを使ったのだと理解した。


しかし同時に、俺の頭にはグリフォン戦でのことがぎる。先輩の"号令"はもう少し瞬発的な魔法であると思っていたからだ。


「くっそお…先輩それはズルくないか!」


「"首輪・・"をかけられた方がわりィ。問題ばかり起こしてきた日頃の自分を憎むんだな」


「ぐぐぐ…」


悔しそうに唇を噛み締めたチェリ先輩は、くるりとこちらに背を向けてどこかへと一歩踏み出した。


当然手錠をつけられている俺も、腕が不自然に引かれる前に後を追わねばならない。


「寄り道するなよ。インクはダンジョン部の活動場所まで止まれないはずだからな」


「あ、ありがとうございます、カンザキ先輩!」

「ありがとうございます」

「先輩サンキュー!」


カンザキ先輩に会釈をして、俺たちは直ぐにチェリ先輩に並んで歩き出す。


手錠の存在を悟られないために俺はチェリ先輩の左隣をキープしたが、それに気付いた先輩がこちらをちらりと一瞥いちべつして苦々しくこう言った。


「すごい気が重いなあ……ジェイくん、絶対ダンジョンに興味持つじゃん…」


「フェアとは!!!!」


さすがにそう突っ込まずにはいられません。

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