09:メガネ先輩、襲来


「部活動の見学に行ってみたい」


帰り支度を終え、机上に置いた鞄を前に ここ数日思い続けてきた希望を静かにこぼしてみる。


「…はあ」


まさに今ショルダーバッグに首を通すところのリードから間の抜けた返事が返ってきた。


「俺は、部活動の、見学に、行きたい」


立ち上がって今度は懇願するように言ってみる。しかし、リードからの反応はない。


「わかってる。一人で行けって言うんだろ。わかってるよ。出来ることならそうしてる…!だが!俺には!友達がいない!!」


「そんなにぼっちでもないだろ~」


へらりと笑って、リードはすたすたと教室の出口に向って歩き出してしまう。慌てて追いつつ、説得のために口を開いた。


「そりゃ会話くらいフツーにするが!しかし!俺は陰キャだ!!部活動見学に一緒に行ける距離感になるためにはもう少し時間が必要だ!」


「見学期間今日までだっけ?…ていうか、したかったんだ見学?という以前に部活やりたいのか?ジェイ。中学は帰宅部だったし、てっきり今回もかと…」


確かに入学前は部活動に微塵も興味はなかったが、今は逆に猛烈に惹かれているのだ。


と、言うのも、部活動の内容がこんなに違うとは思っていなかったからだ。今までは魔術や魔法を良く分かっておらず、身近なものとは考えていなかったので部活動と魔法が結びつくことがなかった。


そう、俺の考えを変えたのは勿論、『魔法を見たい!』というその欲求だ。部活動の中には魔術の研究や、魔力によって動く装置――魔道具を使ったスポーツさえもあるという校内ポスターを確認した瞬間、欲求は爆発した。見たい。なんとしても他人の使うカッコイイ魔法がみたい。俺の高校3年間はその欲求に費やすためにこそあると言っても過言ではない。


制限の腕輪――通称、セーフティーリングも、むしろ校内では少し制限が緩むとのことだったので一層期待は高まるというものだ。


「頼む!つきあってくれリード!こんなに熱く俺が語るなんて珍しいだろ!?助けたいだろ!?今日まで誰も誘えなくて輪に入ることさえ出来なかった俺を、救いたいだろ!?」


「いや、俺バイトあるから…」


リードにアルバイトがあることなど既に把握済みだ。実はリードは苦学生であり、日々アルバイトに追われる生活を送っている。入学式の朝さえも新聞配達のアルバイトに勤しむのだと聞いたときはさすがに驚いたが。まあそういった調子なので当然部活動など考えるまでもなく、帰宅部一択である。


そんなリードにとってアルバイトとは生活の基盤であり、決してサボれるようなものではないことは承知している。しているが、それでもすがりたくなるほどに俺は参っていた。そう、俺はコミュりょくさえもγガンマであったのだ。


「無理を言ってる自覚はある!でもほんと、今日だけ…!」


俺とリードはすでに校舎出口まで来てしまっていた。このまま校舎を出たら俺の負けは確定だ。リードを困らせるだけ困らせ、そして目的である部活見学も出来ずに終わるということである。こんなことなら意地を張らずに見学期間初日に言っていれば、リードがアルバイトの予定を融通してくれた可能性もあったのに、悔やむばかりだ。


「ブレイドちゃんに言えば良いじゃんかー」


「女子と二人で部活見学とかぼっちよりキッツイわ!!」


そもそも実はブレイドと二人きりという場面は滅多にないので、いざ二人にされると少し困惑するのだ。だからそういった面でも考慮の外である。


「そーかなーブレイドちゃんの方は、」


「話は聞かせてもらったぞ…」


多数の生徒が行きかう玄関口でこちらを見つめ、にやりと口端を吊り上げる少女が一人。


立てた右手の親指で己を指し示し、胸を張ってさらに続ける。


「私は2-B!チェリカ・インク!!君たち1-Bの生徒の担当上級生である!!」


漫画だったら背景に『バーン!』とか付きそうなポージングだが、リードは静かに彼女を避け出口へ急ぐ。そして当然それに俺も続く。説得を継続したまま。


「頼む!リード!」


「親友のジェイの頼みでもバイトに穴をあける訳には行かない!心苦しいが…ッ!!」


「ってうおーい!無視かーい!」


仕方なくテンション高く絡んでくる少女に目を向けた。本当に先輩なのか?と問いたいくらいのロリ顔である。その上メガネにボイン。一瞬で分かる個性的なキャラクター。確実にモブキャラではないのでモブキャラの俺に興味を持たないで頂きたい。


「わかっている!こんなにいいタイミングで担当上級生が現れるなんてご都合主義もいいところじゃね?と画面の前のあなたは言いたいんだろう!わかっているさ!でも物語っていうのはそういうもの・・・・・・だろう!?」


体はこちらに向けたまま、顔だけ逸らして高いテンションのまま長台詞を発する先輩。


(フツーに怖ッ!誰に話してるんだよ、怖ッ!)


「案ずるなかれ!私はただ1-Bに私の同好会に参加してくれる者がいないか探し求めていただけだ!」


「めっちゃ案ずるわ!」


「いいツッコミだ青年……君こそ私が求めていた人材かもしれん!」


なんか気に入られてしまった。キリリとしたキメ顔でこっち見んな。


「青年、ジェイ・パーリィーだな?」


「は?」


「いやあ、なんだっけ?君に応援されると縁起がいいとかなんとか?是非君のちからを我らが集まりに貸してもらえないか!」


未だ首だけで先輩を振り返っていた俺の姿勢を逆手に取られ、シャツの襟首部分を掴まれてしまった。背丈の差ゆえ、地味に重力方向に力が加わっていて肩が凝りそうなんだが。


「ちょっと困るんですが、えーっと…」


「チェリカ・インクだ!」


「困るんですがインク先輩…ってリード!!?」


助けを求めようと顔を正面に戻すと、早足に立ち去るリードの背中が見えた。呼び掛けに少し振り返り、片手を立てて申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんジェイっ!ほんとにもう行かなきゃだからーー!」


「マイフレンドッ!せめて俺も連れて行って欲しかった…ッ!!」


伸ばした右手は切なくも彼の背には遠く届かず。この状況を上手く打開するには俺のコミュ力では難しいのが目に見えているというのに!


「今回はこんな感じでちょっとテンション高めの回になるからよろしく!」


(だから誰にしゃべっているんだ…)


再び逸らした顔をこちらに戻し、わざとらしく咳払いをするインク先輩。


「そろそろ真面目な話をしようじゃないか」


「真面目な話?」


「そう。君たちも先日のグリフォン襲来事件が学園側の故意であったことに気付いているだろう?」


『えっ?』と間抜けな文字が脳内に浮かぶ。


(ブレイドたちがそう言ってたけど考えすぎだと思ってたぞ…さすがに魔物差し向けるとかやば過ぎるし…)


内心動揺していたが、表情に露骨に出ないタイプの人間なので先輩には気取られてはいない様子だ。


「で、担当上級生たちはその映像を見て、色々なんやかんやした訳だ」


「その部分が重要な気がするんですが…」


真面目な顔で結構重要であろうポイントをさっくり端折ってきたぞこの人。確かに今の会話には必要ない情報かもしれないが、こちらはめっちゃ興味ある部分だろ。


「そして私はその映像を、ある一点に絞って確認していた」


「はあ…」


少し言葉を溜めてから、続ける。


「ズバリ!オタクっぽさ!!」


「……はあ?」


いや、なぜドヤ顔でこちらを見詰める?


「この学校にはいくつか部活があるが、実は同好会の方が多い。生徒の興味が多方面に向いてるので、小規模な集まりが多いんだな」


「…で、どういう話の流れです?」


「まー私もある同好会で活動をしているが、大変オタク向きなのだ!だからオタクを探している!あっ、ちなみにここで言うオタクとは、何か一分野に大変知識が深いとかじゃなくて、教室に1、2人いる窓際のジメッとしたやつのことだ!!積極的に輪に入って来ず、なんかクールな俺を気取っているけど実際はコミュ力低いだけといった傾向もあるぞ!!」


「ただの悪口!!」


「部活動見学期間5日間のうち、毎日このオタクっぽいリストにあげた1年生を捕まえてはアピールした…!が、今日まで収穫がなかった!」


「へえ…」


あんたのキャラクターや人格の問題なのでは?という言葉はさすがに飲み込んでおく。


「で、最後に残ったのが君、ジェイ・パーリィーというわけだ!私は最後の一人である君こそ大本命だと確信しているぞ!」


「ほお…」


全く嬉しくない。選ばれたんだぞ!と言われても本当に全くちっとも嬉しくない。これで喜ぶとこの先輩は思っているのだろうか?思っているとしたら既に価値観の相違でこれから関係を深めていくのは難しすぎる。


そしてこれからの話以前にこの状況をどうすべきなのか?担当上級生なら今後関わる機会もありそうだが、この先輩は細かいことをネチネチ考えそうな雰囲気はない。であるならば、多少強引にでも逃げ出してしまえばいいのではないか?


(そうと決まればまずは手を放してもらおう)


「先輩、これ人と話すポジショニングじゃなくないですか?」


「ん?確かにそーだな!」


シャツから指が外される――その瞬間、


ガチャン。


右腕に違和感。


「な、なんじゃこりゃーーー!!?」


右腕に通された輪が1つ増えていた。俺の針金のようなセーフティーリングより少し厚い輪だ。右腕を上げたと同時に、先輩の左腕もついてきていた。よく見ると俺の輪から伸びる鎖が、先輩の左腕についた輪に繋がっている。


「視聴者のみなさんに解説☆これは魔術で強化された対魔術師用の魔力手錠だぞ☆魔力混線だけでなく、2つの輪を別の人間の腕にかけることで行動範囲の制限をすることが可能だ☆」


「ぐ…ッ!一定以上の力が入らねえ…!右腕だけ不自然にっ!くそっ!」


「ちなみに魔力が強い人間だと稀に気分が悪くなることがある!が!君はγガンマなのでほぼ心配無用だな!」


「失礼すぎませんか!?諦めてるとはいえ全く傷付かないわけではないですよ!?」


「まーまー、とりあえず一緒に部活動見学という名の校内デートと洒落込もうじゃあないか!ゆくぞ!ジェイ・パーリィー!」


先輩は目一杯めいっぱい左手の拳を天に突き上げた。俺の右手も吊られて少しあがってしまうため、まるで二人で息を合わせて『オー!』のポーズを取っているような姿である。


「い、嫌すぎる…」


「君に許された返事は、イエス、もしくはハイであるッ!!」

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