07:魔術と魔法
「先に言っておくけど、僕は君たちには毛ほどの興味もないから」
(開口一番がそれって、教師としてどうなんだ…?)
ここは校庭である。魔術教育の為の学園とは言っても、"高等教育機関"である以上は一般的な高等学校で必須とされる単位については履修する必要がある。その為体育の授業もあるにはあるのだが、今俺たちが集められているのは体育の授業のためではない。魔法科学の授業のためだ。
そして入学3日目、一時間目の良く晴れた清々しい授業の始まりに、初めて対面する教師が発したのが冒頭の言葉である。
(というか清々しい朝に
笑顔はものすごく良い。顔の造形もスタイルも、そこそこ良い。
しかし目が死んでいる。濁っている。朝の光を一片たりと反射していない。まるでブラックホールだ。その上頭髪から靴まで真っ黒である。白衣らしきものを羽織っているが それも黒いので、爽やかな一枚の風景に落ちた一滴の墨汁のようだと表現するとしっくりくる。
(っていうか、黒い白衣って頭痛が痛いみたいじゃないか?俺やっぱ馬鹿なのかな…)
「なあ、あの先生 目、死んでね?それに何か、気持ち悪いし……」
こちらを見上げそう囁くスヴェン。空気を読まないスヴェンが小声とは大変珍しいが、誰もが口を
(俺はこいつと同じパーティーじゃないんです!先生…ッ!!)
そう念じて先生をちらりと確認する。
(ダメだ!めっちゃこっち見てる!こっち見てる!!そしてやっぱり目、死んでる!)
「君はスヴェン・ウインドさんだね?グリフォンとの戦闘は見事だったよ。感知系魔術に適性があるんだね」
こちらを向いての発言に、スヴェンが少し後ずさる。基本的には怖いもの知らずなスヴェンがこういった反応をする事はとても珍しい。
「僕は"レン・ストイク"。魔法科学を担当しているよ。授業を進めつつ、君たちの"固有魔法"を調査するのも僕の仕事だから、今後個人的に色々聞いたりするけど、他意はないからね。っていうのが冒頭の発言の意図」
目は死んでいるし禍々しい外観をしているものの、表情や仕草、声色などは至って穏やかだ。初見で恐怖を感じた分だけ安堵を覚える。いやまだ怖いが。
「中等教育までじゃあ魔術や魔法について知る機会は少ないと思うから、基礎の基礎から説明していくのでよろしくね。知ってるよー退屈だよーって人はちょっと我慢して」
(普通にいい先生だ…!)
授業の導入の一声で途端にクラスメイト達の雰囲気が和やかなものとなる。
「まずは魔法と魔術の解説から入ろうか。さっくり言えば、"科学"と"
ストイク先生は両手にそれぞれ椀を持つような格好をとる。
「だから呼び分けるのは僕らみたいな専門で学ぶ人間がほとんどだね」
言いながら先生は右手の方を少しあげた。
「一般的には"魔法"と言えば"魔術"も包括しているとみなして会話するのが自然だ」
上げていた右手を戻し、両手の椀を合わせるような仕草をする。
「ちなみに僕の担当する"魔法科学"は、魔法と魔術の両方を総括してるよ。魔力とその魔力により引き起こされる現象を科学する分野だからね。……魔法と魔術の違いが分かる人はいるかな?」
その質問に
「魔術とは"魔力を行使するための
「その通り。だけどちょっとイメージしづらいよね……というわけで、ゲストを呼んでるよ。はい、こっち来てくれる?カンザキくん」
「はい」
いつからいたのか、一年生の群れの中に交じっていたらしいカンザキ先輩が先生の側まで歩み出た。同じくヴァニラ先輩もいたが、前には出ずにその場でカンザキ先輩を見守っている。
「じゃあまず魔術を見せてくれるかな」
「わかりました。…ヴァニラ、許可」
「はい。リョウゴ・カンザキの抜刀を『
すらりと美しい刀身が
「君たちの位置からは見えにくいと思うけど、刀身には
「
「まあその辺は一旦置いといてよ。とりあえずはここに魔力を流すと、魔術式が発動して雷…つまり電気が生みだされる。少しだけ流してみてくれる?」
先生の言葉で、先輩は静かに魔力を刀へと流し込む。するとパチリパチリと音がして、刀身の周りに電気が走る様が見えた。
「おお~…」
思わずといった様子で、生徒達は感嘆の声を漏らす。
「じゃあ……君、ちょっとカンザキくんと同じことしてみて」
「へ?」
「ほら」
「うわ!?わっ!?」
先生が一人の男子生徒を指名すると、その生徒が意味を理解するより早く 先輩が刀を手渡した。生徒は慌ててその刀を受け取りつつも、突然の事に驚いて刀と先生、先輩の顔をキョロキョロと見回した。
「魔力を流してみて。少しでいいよ」
「は、はい!」
おっかなびっくりと言った風ではあるが、彼の魔力が刀に流される。するとやはり同様に刀身が電気を帯びた。
「そう、これが魔術。誰がやっても魔術式さえ同じなら同じ現象を起こす」
先輩は彼から刀を受け取り、静かに鞘に納めた。
「次は魔法だね。カンザキくん、よろしく~」
「わかりました」
カンザキ先輩は少し姿勢を正し、一年生全体が見えるように向き直る。小さく息を吸った。
「
その声を聞くや否や、一年生達の両手が一斉に挙げられる。当然俺の両手も気付いた時には既に挙がっていた。
周りを良く見ると ちらほらと挙げていない者も存在したが、ほんの数人だ。
「
それを聞くと、先日のグリフォンとの戦いでのいくつかのシーンを思い出す。カンザキ先輩の声が妙に通ることにも何となく納得できた。
「…下ろしていいぞ」
先輩が両手を挙げて固まったままの一年生に手を下ろすことを促す。今度は魔法ではなかったので、下ろすタイミングは少しばらけていた。
「ちなみに僕が同じことをしようと思ったら、魔術式がないと出来ないね。じゃあどうしてカンザキくんなら出来ているのかというと、本人の性質によるところが大きい。カンザキくんだけじゃわかりにくいか…例えば、えーっと、ウインドさん」
「なんだ!」
突然の指名にも関わらず、スヴェンは素早く反応する。
「グリフォンに風で攻撃をしていたでしょう」
「してた!あたしは風を操るのは得意なんだ!」
「あれは"操っていた"んじゃなくて、"生み出していた"と形容するのがより正しいね。おそらく"魔術式なしに魔力を風に変換する"のがウインドさんの"固有魔法"なんだろう。まあこれからの調査でもう少し掘り下げて検証する予定ではあるけれど」
言われてみれば確かに、幼いときからスヴェンは風を使っていた。"そういうもの"として受け入れていたが、実際にそういった子供はスヴェン以外に見たことがない。
「カンザキくんの魔法と同じく、僕がウインドさんと同じことをするなら魔術式が必須だ。その一方で僕も"魔法持ち"だから、二人とは全く違う魔法を使うことはできる」
「先生の魔法はどんな魔法なんですか?」
よほど気になったのか、一人の生徒が少し早口に質問をした。
「うーん、それはちょっと後にしよう。僕のはちょっと特殊だから」
先生はその質問への返答をしばし考えた様子だったが、結局は返答する事自体が今は妥当ではないと思い至ったようだ。
「まあ、そんな調子で"魔法"というのは本人の性質に大きく左右される。これは"想像力"とか"自意識"とかそういうものが己の脳でもって魔術式と同じ事をしていると考えられているよ。少し表現が難しいけど、"その人間に魔術式が刻まれている"と思ってもらえれば良いかな」
「先ほどの先生の"魔法持ち"という言い方だと、持たない人もいると聞こえるのですが、みんな使えるんですか?」
「いや、"魔法持ち"は一部の人間だけだ。大なり小なり全員が持っているという説もあるし、後から"固有魔法"が判明したり発現したりっていう例もあるから言い切れないけれど、現状の有力説だと"一部の者"とされているね」
そう言いながら先生はポケットを
「そして今日の授業のメインは、まずは君たちに"固有魔法"があるかどうか簡易調査から入るよ」
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