04:VSグリフォン(2)


抜き身の刀がぬらりと怪しく光る。先輩はそのまま流れるような動作で刀を構えた。


「ヴァニラ!守りは任せるぞ!!」


「ええ!」


(やべぇ、超カッコイイ!!!)


いや、こんな馬鹿みたいな感想を抱いている場合でないのは十分に承知している。している、が、視界に入る夢見た光景に何も思わずいられるはずがない。


(構え方がカッコイイ!適当に武器を得た感じじゃなくて、ちゃんと馴染んでいる感じがめちゃくちゃイイ!)


「ちょっとジェイ、貴方顔が大分不謹慎よ」


リードとは逆隣に伏せるブレイドが呆れた様にこぼした。


「えっ、いや、そんなはずは…!」


「…ああいうの好きそうだものね?ワクワクしちゃってるんでしょう、この絶体絶命の時に」


「好きだが!好きだが誤解だ!ちゃんと命の危険も感じてるぞマジで!」


ダン!


俺が目を離したその一瞬のタイミングで、カンザキ先輩は強い脚力で跳躍したようだった。音に反応してそちらを見たときには既にグリフォンの直ぐ目の前まで先輩が迫っていた。


(身体強化!)


普通の人間では成し得ない動きでも、魔術で身体を強化しているならば可能だ。先輩の動きはまさにそれだった。


「ダラァァァァアアア!!!」


懐に潜り込んでの一閃がグリフォンの左前足を切り落とし、同時に左翼も深く傷つけた。それに怯まぬグリフォンはもう一方の鉤爪を先輩へと伸ばす。しかし先輩の刃に阻まれ、素早く身を翻し距離をとった。先輩も追うことはせず、再び両者が睨みあう。そして隙をみてまた先輩が切り込むという繰り返しに入る。


(明らかに戦闘慣れしてるな。これなら決着がつくのも時間の問題か?)


「どうやら長引きそうね」


「え?なんで?」


「あの人の斬撃の狙いは翼を切り落とすために見えるからよ。グリフォンの持つ広範囲攻撃は翼による風魔法。これを封じようとしているためでしょう」


「それでなんで長引きそうって?」


「魔物は必ず"核"を持っているわ。その核を破壊しない限り消滅しない。だったら普通はその場所を狙った"突き"で攻撃するはずよ」


「ほ、ほう…?」


「核は固体により違う箇所にあるから、感知系の人間でないと特定しにくい。そして恐らく先輩達はどちらも感知系ではない」


「…さすがガリ勉」


「ブ・レ・イ・ド!」


「とすると、まぐれで核を破壊するか、感知系の人間が現れるのを待つしかないわけか」


「そのどちらよりも先輩が負けるのが早いかもしれないけど」


「おい、」


ドガァッ!!


先輩の刀がグリフォンの腕を受け止めるも、力負けして弾き飛ばされる。


「…シャレにならんからやめろ」


「…そうね、悪かったわ」


グリフォンの方は翼の傷が塞がっており、切り落とされた腕までも再生している。魔力がつきない限りはいくらでも再生するだろう。


つまりブレイドの言う通り、時間稼ぎをしたいのであれば攻撃手段を再生速度と同じだけの速さで害する必要があるということだ。素人目でも一人でその持久戦に挑むのが簡単ではないことは明白だった。終わりの見えない壁打ちなのだから。


「カンザキさん!生きてます!?」


「当たり前だバカがァ!」


先輩は若干フラつきながらも立ち上がる。


「加勢しましょうかー!?」


「貴様は守りに専念しろ!」


「ギャァァアァァォォォォオ!!」


グリフォンから"風の爪"が放たれる。が、やはり生徒に達する前に軌道を変えた。


「やってますわよぉ!」


どうやらヴァニラ先輩の魔法による現象のようだ。


「しかし思った以上に手間取ってしまっているな…"核"さえ分かれば一瞬なんだが…」


「じゃーあたしが手を貸すぞ!!」


勢いよく立ち上がったのは空気を読まない事に定評があるスヴェンだ。


「スヴェン危ない、ちょ、危ねぇってば!」


そして背面からそのスヴェンの制服の裾を引き、必死の形相で再び伏せさせようとしているのはママりょくに定評があるリードである。うん、見慣れたいつもの光景だ。


「洒落になってないから!マジで!スヴェン!!」


「だってこいつ、あいつの"目"が見えてねーんだも、モガ!」


素早く立ち上がったリードが両手でスヴェンの口を塞ぐ。


「おい、"目"とは何を言っている」


「もがもがもが!」


「何でもないです!!!」


身じろぐスヴェンを更に押さえ付けるリードだが、カンザキ先輩は眼光鋭く二人に詰め寄っていく。


「何でもないわけ、」


カンザキ先輩の視界から外されたグリフォンが、大きく翼を広げる。


(また"風の爪"がくる!!)


そしてそれに気付いたスヴェンも同様に両腕を大きく広げた。両者は同時にそれぞれ翼と腕を振るう。


ゴオオオッ!!


「うわーーーーっ!!?」


「きゃああああ!!」


グリフォンの放った"風の爪"とスヴェンの風魔法がぶつかり合い、激しい風が吹き荒れた。当然今日知り合ったばかりのクラスメイトにスヴェンの魔法を察知することは出来ず、驚愕の叫びと悲鳴の嵐が巻き起こる。


「グルルルルゥゥ…」


件のグリフォンは吹き飛ばされ、校舎に叩きつけられたようだが大きなダメージはない様子だ。しかし突如自分に匹敵する風を起こした存在に警戒を顕にして唸っている。スヴェンを睨み、じっと観察していた。


そして頑丈であるはずの校舎にも幾筋かの傷が付いている。恐るべしスヴェン。


「さっすがあたしの風だー!あんな鳥だかなんだか分かんない奴の風に負けるはずがねぇわ!わーっはっはっは!!」


魔法を使う勢いでリードの腕から逃れたスヴェンは高らかに笑った。


スヴェンの血統であるウインド家は代々風魔法を得意とする一族で、ボイカウの街の風車ふうしゃの管理者でもある。幼い頃は魔力をコントロールできず、感情の起伏によりしばしば激しい風を吹き荒らしていた。その風に髪が踊る様子から一部の大人から"メドゥーサ"というあだ名で恐れられていたものだ。


「"目"っていうのはさぁ、"台風の目"のことだよ!あのクソ鳥の"力の真ん中"のこと!」


「"核"だな?どこにある」


「大体はわかるけど、近くにいかないとちゃんとは見えねー」


カンザキ先輩はその言葉に数瞬悩んだ後、頷いた。


「…手を貸せ、即席バディだ」


「おっけーだ!あたしに任せとけ!」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


異を唱えるのはリードだ。


「スヴェンは魔術なんて何も習ったこともない、魔力をちょっと持ってるだけの一般人なんです…!」


「本人は"出来る"と言っているが?」


「…先輩に責任が取れるんですか」


「はあ?」


相手に食い下がる姿勢を取ることなど、リードに見ることは滅多にないので驚いてしまう。しかしその内容は幼馴染を気遣う心優しいものだ。


「先輩のその判断で、スヴェンが怪我でもしたらどうするんですか」


「馬鹿か貴様、"俺の判断"ではない。本人が"出来る"と言っているんだ、出来ずに倒れるならば自己評価を誤った己の責任だろうが」


「出来るぞあたしはー!リード、心配すんな!」


「スヴェン!!遊びじゃないんだぞ!!」


リードはスヴェンの正面から両肩を掴み、視線を合わせてはっきりと批判した。対してスヴェンもリードと視線をぶつけたまま真剣な表情で頷いた。


「…わかってるよ、それくらいは」


普段とは異なり、リードスヴェン宥めるのではなく、スヴェンの方がリードを宥めているような図だ。リードは心配そうな顔はそのままに、両手をスヴェンから離す。


「スヴェン、本当にやるんだな?やれるんだな?」


「あったりまえだ!」


俺が身を伏せさせたままスヴェンに問うと、力強い頷きが返ってくる。スヴェンは子供っぽく感情的だと思われやすいが、実際はむやみに蛮勇を振るう向こう見ずな人間ではない。であるならば信用して任せるべきだ。少なくともこんな所で退場してしまう・・・・・・・キャラクターではない・・・・・・・・・・はずなのだから。


「じゃあ、俺はここで応援・・してやる!友達として!」


伏せたまま手を伸ばすと、スヴェンは一度目を丸くしたが、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。


パチン!スヴェンの手が俺の手を打つ。


「…へへ、ばぁか!」


「おい、やつが動き始めるぞ」


「その前にセンパイもやっとけ!ほらほら!」


ぺし。スヴェンがカンザキ先輩の手を引いて、俺の手に合わせさせる。分かりやすく先輩の顔が苦々しく歪んだ。まあそうなるわな、いきなりよく知りもしない男の手に触れさせられるんだから。


「何をするんだ」


「おまじないだよ。こいつの応援・・は結構縁起がいいんだ!勝ったも同然だな!」


「…貴様は身体強化を使えるのか?」


カンザキ先輩は刀を両手で構え直しつつ、スヴェンの発言はスルーして必要な確認をする。


「しんたいきょーか?はわかんねーけど、足は速いぞ!さっきのセンパイの速さなら出せると思う!」


「なるほど。ヴァニラ、ウインドが攻撃を受けそうになったら頼んだぞ。極力俺が対処するから、俺が間に合わないと判断した時だけで良い」


「わかりましたわ!」


「ウインド、攻撃することは考えるなよ。奴の攻撃を避けつつ接近し、"核"を見つけたら俺に教えて下がれ」


「わかった!」


スヴェンは数度膝を屈伸させると、身を伏せて両指を地面についた。所謂いわゆるクラウチングスタートの姿勢だ。


「よおーい…ドンッ!」


ダン!土煙を巻き上げてスヴェンが高く跳躍する。それに続きすぐさまカンザキ先輩も後を追うように跳躍した。


俺はそれを眺めながら、二人がグリフォンを倒すことを想像・・するのだった。

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