02:上級生


中等学校時代と変わらぬ入学式兼始業式を終え、そのまま教室に戻らずに移動する生徒たち。担当上級生との顔合わせのためである。

俺たちは結局新しい友人を作るでもなく、お互いに見慣れた顔ぶれを眺めながらの移動となった。式の行われた集会ホールを出てからクラス単位でそれぞれの顔合わせ場所へ向かっているため、すでに周囲には別のクラスの生徒はいない。


「今更だけどさ、担当上級生ってなんだ?」


集合場所である中庭への道でどこからともなく猫じゃらしを摘み取ってきたスヴェンが首を傾げた。お前今更過ぎるだろ、とは言わない。いつものことだからだ。


「1-Bの生徒を指導する立場の2-B、3-Bの生徒のことだよ。基本的に学年が上がってもクラス替えがないのが原則だから、むこうが卒業するまでは付き合うことになる相手だな」


リードが答えるも、スヴェンは再び首を傾げる。


「指導って、教師でもないのに何を指導するんだよ」


「うーん、多分それをこれから説明してくれるんじゃないか?」


「説明なら教室でいーじゃんか。なんでわざわざ中庭まで来なきゃなんねーんだろ?」


「……」


「お前めんどくさいなーほんとに」


思いつくまま疑問を口にするスヴェンにリードが黙ってしまったので、口を挟む。それまでリードを見ていたスヴェンはこちらの声に反応して目を向けてきた。


「あ?だっておかしーだろ、外さみーし」


「さみーのは関係ないだろ」


今の季節は春だが、未だ気温は寒いと形容する域を出ない。


「いや、まあ確かにそうだよなあ」


「だろ?!」


リードが頷くと、それまで黙っていたブレイドも口を開く。


「何か理由があるのかもしれないわね」


「だろ!だろ!?」


「ええ?単に何か気分とかじゃないか?」


「バカめ!なにか超理由あるに決まってんだろ!ヴァカめ!!」


猫じゃらしで俺の頬をつつくスヴェン。微妙にこそばゆい感じが大変反応しづらくてうざったい。


「うるさい、スヴェン超うるさい」


「まあ?魔力適性"α+アルファプラス"のあたしは?どんな理由で?どんな事があっても?どぉーんと構えてられるけど?」


"魔力適性"――それは潜在魔力量の一般的な指標である。α+アルファプラスαアルファβ+ベータプラスβベータγ+ガンマプラスγガンマ 、そして"適性なし"に分類される。魔法を使うためには最低でもγであれば足りるが、大きな魔法を使うためにはより豊潤な魔力を持っていなければ半端に発動させることさえも出来ないと言われている。つまりα+であるスヴェンには大魔法を扱う素養があるということだ。対して俺は――


「んん~?ジェイクンは?何だったっけ?」


「……」


「何々?…えぇっ!γっ!?最低レベルのγクンなの~!?」


「………」


「魔術学校に入るγって実はあんましいないんだよねっ!?みぃーんな魔法を職業にしたいんだもん!」


そう俺は六段階評価でγ――ほとんどの魔法を発動出来ないと言われる出来損ないのポンコツである。とはいえ一応"適性あり"なので、多くのγ+やγの人間は日常で少しお役立ち魔法を使って楽をする位の感覚が一般的だ。間違っても国内唯一の魔術学園へ入学しよう等とは考えない。余程魔法の研究をしたいだとかでない限りは。


ちなみに俺の入学動機は、『せっかく魔法がある世界に転生したんだし漫画やアニメで観てた感じにちょっと格好良く魔法使ってみたかった』っていうだけだ。そう、前の人生は結構オタクだった。両親も、友達も、所属も、知識も、言語も、かなり多くの部分が曖昧だが、好きだった漫画のワンシーンとかはがっつり覚えている。

薄々誤った選択をしている感は感じている。だって俺、主人公タイプじゃないし。というか転生特典無い時点で気付くべきだった。


そしてとりあえずスヴェンうるさい。


「…お前、考えて口をきけよバカヤロウが…」


「ええっ?なぁにぃ?聞こえないなあ~?声量もγクンなの?」


わざとらしく耳に手を添えてこちらに頭を寄せるスヴェン。顔が見えにくくてもニヤニヤしているのが伝わってきて腹が立つ。逆の手でプラプラさせてる猫じゃらしにも腹が立つ。


「そういう人を見下した物言いしてると友達ゼロのボッチちゃんになるって言ってんだよ」


「ボッチィ~?ジョートージョートー!スヴェンちゃんは孤高の狼タイプだしぃ~?ってゆーかあ、γの鳥頭とかちょー負け犬ってゆーかあ~」


さすがにヒートアップし始めたと判断したのか、リードが俺たちの間に割って入る。「二人ともちょっとストッ、」



「"α"だの"γ"だの、今年の新入生は馬鹿しかおらんのか」



スパリと低い声が会話を打ち切る。スヴェンの後ろを通り過ぎながらこちらも見ずに発した言葉は、大きな声ではなかったが妙にはっきりと耳に届いた。

俺達のクラスの生徒は既に中庭に到達しているが、引率の教員などはいないので整列するでもなく、ただまばらに生徒が集まっているといった様相だ。

スヴェンも珍しくたったの一言で口を閉じ、特に不機嫌そうな顔をするでもなく声の発信源を目で追っている――否、ほとんどの生徒が彼を・・・・・・・・・・目で追っていた。好き勝手に数人で小さな円を作っている生徒たちが 体を動かさずに目で追っているその様子は、異様と形容するに値するのではないだろうか。


ある一点で足を止めた彼は、かっちりとした所作でBクラスの生徒達に向き直った。


「俺は3-B、リョウゴ・カンザキ。貴様らの"担当上級生"だ。こちらは同級のシェリム・ヴァニラ」


威風堂々といった風な彼が視線で指した方向に、薄桃色の髪の女性が少し遅れてやってきていた。後輩達の視線が注がれると小さく会釈してくれる。可愛らしい、が俺の注目は完全にカンザキ先輩へと注がれていた。


(あれはッ!!まさか!!刀ッ!!!!)


正しくは"カンザキ先輩の左腰にある刀"に両目がガッツリ捕まっている。


(少年漫画ではお約束でありながらも最高の格好良さを発揮する超メジャーウェポン!!KATANA!!入学初日からツリ目系上級生キャラが帯刀してるとか最高かよ!?)


そもそも学園内で帯刀とは?とかそんなヤボな考えはない。せっかく魔法も魔物も存在する世界に産まれたのだから。そう、俺は絵面第一主義者だ。


(あの刀から炎とか迸ったらめちゃくちゃ格好良いのではないか?見たい!その絵が今すぐにでも見たい!!)


「担当上級生と言っても、貴様ら全員と関わる機会はそう無い。別に顔を覚えて帰らずとも結構だ」


肩幅に開いた足と、背で組んだ両腕。先輩生徒というよりはもはや教官然としているが、しゃんとした背筋や滑舌の良さによりさまになっている。こちらに口を挟む余地はないかと思えたが――


「なんじゃそりゃ!」


「!?」


すぐ隣、そして少し下から素っ頓狂な声が漏れる。言わずもがな、スヴェン嬢である。


「じゃーなんの為に私らここにきたんだよ!」


「……」


無言でこちらに圧力をかける先輩。当然ひるまぬスヴェン。


「顔覚えないなら顔合わせの意味ないじゃん!」


怯まない。スヴェンに悪気は無い。当然先輩を非難しているつもりもない。


「関わらないって、じゃー何のためにタントージョーキューセーはいるんだ?」


怯まない。思っていることをただ垂れ流しているだけだ。


「この集まりはこれで解散なのか?」


(どうか怯んでくれスヴェン。)


出会って半日と経っていないが、クラスの皆の心はひとつだと確信できる。お前を除いて。


「貴様、ウインド家の末妹まつまいだな?その一方的なコミュニケーション方法は貴様の兄に良く似ている…」


「なんだ!兄ちゃんの友達かッ!?」


「スヴェン、スヴェン、ちょっと落ち着こう。リーちゃんの方見て?ちょっと静かにしてような?」


カンザキ先輩の台詞は歩み寄ったというより"心のシャッター閉めました宣言"だったが、単純なスヴェンは表情を明るくして兄の話題に考えが切り替わった。そこをすかさず保護者リードが抑え込む。よくやった我が友よ。


「まず、担当上級生がつく場面はほとんど限られる」


先輩は意外にも律儀にスヴェンの質疑に応答してくれるらしい。多分根が真面目だこの人。


「魔術には様々な分類の仕方があるが、担当上級生がつく場面は、例えば"学問"と"実践"に区分したときの"実践"の場面である」


「ですから、そもそも魔法科学とかを専攻しちゃうと関わりは薄れますわ」


ヴァニラ先輩がすかさず補足する。


「じ、実"戦"…!」


思わず声が漏れてしまった。それはもしやカンザキ先輩の抜刀シーンが見られる可能性があるということだろうか?燃えるようなバトルシーンを拝めるということだろうか?


「実践とは言っても攻撃魔術の演習とか、そういったことには限りませんのでご安心くださいませ。もっと平和的な演習が主ですから」


「小さな魔術でも大きな事故が起こる危険性を常に孕んでいる。教師一人で多くの人間に目をやるのは難しいからな。故に補佐につくということだ」


「わたくし達の危険予知、ないし対処の訓練にもなりますので、win-winウィン ウィンというやつですわね!」


("魔法の演習"という響きだけでも最高に良い!俺はほとんどの魔法を扱えないだろうが、それでも間近でカッコイイ魔法が見られるはずだ!!楽しみ過ぎる…!)


転生特典も何もない平々凡々なモブキャラとして生を与えた神に恨めしい気持ちを何度も抱いたが、魔術学園に入学できて本当に良かったと、今初めて神様とやらに素直に感謝することができた。


「以上だ」


「わたくし達も"顔合わせ"としか指示されておりませんの。特にすべきこともありませんので、解散ということで」


「次回までに"魔術"と"魔法"の違いくらいは学んでおけよ、特にそこのαだのγだのとうるさい馬鹿」


「ばっ!ばかだとぉ!?」


「カンザキさん!」


「フン…」


カンザキ先輩を少し怒った様子で注意するヴァニラ先輩。お嬢様キャラっぽくありつつもお姉さんキャラをも期待させる良い素材だ。


「覚えてろよこのツンツンがっ!演習とやらでギタギタにしてやるからなあっ」


「スヴェン、演習は戦いじゃないぞー」


「知るか!関係あるか!やってやる!!キーーッ」


(毎度のことながら、現実に『キー』っていうやつは中々珍しい気がする)



ピィ―――――――――――――ィィ……



高く響く音に、その場の全員息を呑んで上空を見上げた。


「警報…!」


「…でも何の反応も感知できませんわ?」


この国に住む者ならば全員が間違いなくこの警報の意味を瞬時に理解する。魔力生命体――魔物、又はモンスターなどと通称される存在の出現の報せだ。


「いたっ!!」


逸早いちはやく対象を発見した女生徒が指差しながら声をあげる。

その先には鋭いくちばしと力強い翼を持った四つ足の魔物が確認できた。明らかに中庭に集まる生徒達、つまり俺達を視認している様子だった。

翼が大きくはためく。魔物はこちらに向ってくるようだ。


「あれは…グリフォンか!」

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